第4話

「……危険な香りが、しすぎてるな……」


 ララクは拳を握ったまま、深く息を吸う。追撃はできた。今の距離なら、一撃で沈められたかもしれない。だが、ゴミクイの周囲から漂う空気が、肌を刺すように重く粘ついていた。毒とは違う。もっと原始的な、何かが壊れる寸前の気配。


「ボクらの目的は、ここを安全に通る事……。追いかけてこないなら、それが一番平和的なんだけど……」


 ララクは拳をゆっくりと下ろした。彼の声には冷静さが戻っていたが、その瞳は依然として緊張を保っている。


 しかし、ゴミクイの呼吸が荒くなっていた。恐怖が怒りへと変わり、理性が焼け落ちていくような音がする。膨らむ腹部から異様な振動が走り、泡混じりの唾液を撒き散らしながら、再び戦意をむき出しにした。


(……遠回りになるけど、迂回するか。それとも……接近戦は避けるか……)


 ララクの脳裏で戦術が巡る。毒霧、突進、地形の悪さ──どれを取っても正面突破は危険。ほんの一瞬、判断をためらったその時。


「 【フレイムフィスト・ブラスト】 」


 低くも通る声が、離れた場所から響いた。続いて空気がうねる。ララクが振り返る間もなく、視界の端を灼熱の閃光が横切る。


 轟音。

 それは、燃え盛る巨大な拳の形をしていた。圧縮された炎が一瞬で膨張し、真紅の衝撃波を伴ってゴミクイの胴体に食い込む。


「ボボギュウウウ!!」


 地を震わせるような悲鳴。炎は爆ぜることなく、焼き印のように体表を押し焦がしていく。肉の表面が膨れ、異臭を放ちながら煙を上げた。


「……!? これは……炎系統のスキル……。冒険者……?」


 ララクは即座に声の方角を探る。


 崩れた岩壁の影から、一人の男が姿を現す。薄汚れた軽装のアーマーに、右腕には金属と魔導部品が混じったガントレット。そこからはまだ白煙が吹き出しており、残熱が揺らめいている。


 炎の名残に照らされた顔には、獣のような鋭い輪郭。そして、頭上から突き出た狼の耳が月光を受けて動いた。

 紫がかった髪が揺れ、目は琥珀色に光っている。


 狼人・その種族特有の野性を、男は抑えることなく放っていた。

 そして、燃え尽きた拳の残光を背に、ゆっくりとララクの方を見た。


「どっちか、炎系統のスキル持ってるか? こいつは倒しても排気ガス排出して、環境汚染まっしぐらだ。炎で焼却する必要がある。……倒さなくても、有害な空気を吐き続ける。……俺は滅却したい」


 男の声は低く、荒れた岩肌に響いた。

 その眼光は鋭く、暗殺者のように光を宿している。だが、ララクたちに向けられた視線には敵意はなかった。むしろ焦燥と責任の色が混じっていた。


(あの口ぶり……どうやら、ゴミクイの危険性を熟知している。環境の観点まで考えて動くタイプか)

 ララクは息を整えながら、ちらと横目でゼマを確認する。治療の準備を続けながらも、ゼマは警戒を解かないでいた。


「そもそも有害生物でしたか。(人が変えた環境による、一種の被害者とも言えるかもしれないけど……)」

 ララクは呟きながら、男の言葉を咀嚼する。感情的な怒りではなく、合理的な判断がそこにはあった。ゴミクイを生かすことは、この土地全体を毒すことになる。


 ララクはその答えを言葉で返す代わりに、行動で示した。


「 【フレイムソード】! 火力には自信があります!」


 瞬間、ララクの頭上に炎が集束し、光をまとった大剣が形成された。

 それは刃というより、熱そのものを凝縮した塊。輪郭が揺れ、空間が歪むほどの熱量を帯びている。


 狼人の男が、思わず息をのむ。

(年下だと思うが、凄まじき才能だ。……欲しいな)


 ララクの眼差しは迷いがない。念じるだけで、空中の大剣が音もなく動いた。

 炎の剣は、ゆるやかに角度を変え、そして落ちる。


 轟音とともに、熱風が渦を巻いた。


 ゴミクイがその巨大な炎を見上げた時には、もう遅い。

 視界が縦に裂け、世界が二分される感覚が走る。

 長い口と腹部に、一本の線が通り抜け、次の瞬間には真っ二つに割れていた。


 切断面は灼熱の赤に染まり、空気が弾けるような音を立てて焼ける。

 肉が煮える音が続き、煙がわずかに立ちのぼるが、炎の精密な制御によって拡散は最小限に抑えられていた。


 ふつふつとした炎の粒子が断面に浸透していく。

 内部から清めるように、熱が静かに有害物質を分解していった。


 ララクは剣を見上げ、息を吐く。

 熱風が髪を揺らし、燃え残った火花が地面に散った。

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〈Ⅽ〉【祝・追放 100回記念】自分を追放した奴らのスキルを全部使えるようになりました! ~犯罪コレクション~ 高見南純平 @fangfangfanh0608

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