3 会議 その1
「お疲れ様です、九重です。今日作戦会議しようと思います。19時に私の家に集合ってコトで。じゃ、宜しくお願いしま~す。」
金曜日の午後、出先から帰宅して聞いた留守番電話には、カナトからのメッセージが残っていた。
なんで携帯に掛けずに、
訝しみながら壁に掛かっている時計を確認する。
3時・・・40分。
アイツ未だ仕事中だろうな。
流石にこの件で仕事を妨げるのは気が引ける。
取り敢えず俺は鞄を棚に置くと、リビングの一角に置いてある古びた学習机の椅子を引き、ゆっくりと腰掛けた。
一人暮らしを始める時、実家から運び込んだ数少ない家具だ。愛着があるし、自分でも理由は良く分からないが、この机を使うと頭がさえるような気がする。
カナトの家か。
そういえば久しく尋ねてないな。最後に行ったのは何時だったか?
あれ?
数年前ぐらい? いや、もっとか?
場所は思い出せたので、俺はそれ以外の疑問を頭から振り払った。
机の上のノートパソコンを開き、スリープを解除する。
幾つかの事故物件サイトを周回してみたが、得るものは無い。
次に「コーポ草森202号室」、「心霊スポット」でAND検索を掛ける。
今度は幾つかのトピックがヒットした。
「これか、カナトの言ってた心霊サイトって。」
飲み会で聞いていたサイト名を見つけた俺は、それをクリックした。
画面をスクロールさせ、トピックを確認する。
あった。
「マイナーな心霊スポットについて語るスレ」
再びクリックし、記事を表示する。
雑多。
一言で言うとそんな感じのスレッドだった。
元々そんなにオカルトや心霊に興味のあるわけじゃない。
大体心霊スポットにメジャーとかマイナーとかってあるものなのか?
そのスレッドには全く知らない心霊スポットが、色々と書き込まれていた。
参加している人数は然程多くは無いが、兎に角みんな熱心だ。
多いヤツだと一人で20ヶ所ほども書き込みしている。
「〇〇神社はヤバい。複数の霊が出るって。」
「その内の一つは巫女装束なんだって。何でも昔自殺した巫女さんがいるらしい。」
「□□公園には小さい子供の霊が出る。遊具から落ちた弾みに、首の骨を折って死んだ子供がいるそうだ。」
「いや、そうじゃなくて前の道で車に撥ねられた子供の霊が、遊びたくて公園に来るって聞いたな。」
「△△の空地には昔病院があったらしい。かつて霊安室があった地点に初老の男の霊が出る。」
「××交差点は事故多発地点で、そこに出る赤い服を着た女の霊が原因らしい。」
俺は画面から目を離すと軽く溜息をついた。
~~らしい。
~~だそうだ。
~~と言われている。
何というか、どれもこれもふわふわした話ばかりだ。殆どの書き込みは文脈の中に「仮定」の話が入り込んでいる。
結局これらも、基本的には「人から聞いた話」なのだろう。
つまり伝聞を持ち寄ってああでもないこうでもないとやるわけだ。
世の中には色んなヤツが居るな、というのが率直な感想だった。
「おっ、これか。」
俺は一つの書き込みに目を留めた。
「コーポ草森の202号室って、心霊スポットらしいよ。若い女の霊が出るって。」
俺はそのスレッドをクリックし、記事全文を表示させる。
「俺、草森市民だけど、コーポ草森って心霊スポットなの? 確か現役のアパートだよね?」
「何処にあんの?」
「確か、草森駅の近くだよな。見た感じ、全然心スポっぽくないよ。」
「アパートに若い女の霊ってド定番じゃね?」
「美人なのかな? 俺見に行ってみようかな~。」
「普通に住居不法侵入で草」
まあ、予想はしていたが、実になるような話は書き込まれていない。
「俺、住んでたんだけど」なんて具合の記述も無かった。
他にも幾つか202号室について言及のあったサイトを適当に流していたが、「元住人」を称する書き込みは一つも見当たらない。
そうなると発端となる話を捏造したヤツは、何故その舞台としてコーポ草森を選んだのだろう?
何故、202号室なのだろう?
俺はPCを畳むと立ち上がってキッチンへ向かった。
コーヒー一杯飲むぐらいの時間は、未だ有る筈だ。
インターホンの呼び鈴ボタンを押しながら、俺は腕時計を透かし見た。
6時50分。
少し早いが、誤差の範囲だろう。
「は~い。」
呼び鈴に応えてスピーカーからカナトの声が聞こえてきた。
「着いたよ。」
「お疲れ様です、先輩。今開けますんで。」
そう言うと目の前の扉でジーという機械音が響いた。
リビングからの操作で玄関を開錠出来る、だったっけ。
暫く待ったが、誰も出てくる気配が無い。
入って・・・良いのか?
俺は少々緊張しながらドアノブを廻した。
「お邪魔しま・・・」
玄関扉を潜った俺は、目の前の光景に絶句した。
奥へと続く廊下、その壁際に何か積み上げられている。
本?
雑誌、文庫本、ハードカバー、ムックの類い。
種々雑多な本が壁際に堆く積まれている。
一山の背丈は俺の肩ぐらいまではあるだろう。
廊下の中ほどに盛り上がりがあったので、目を凝らしてみると崩れた本らしかった。兎に角そうした本の山々が廊下の空間を圧迫しているのだ。
正直、人ひとり通れるかも怪しい。
「なんだこりゃ・・・・」
思わずそう呟いて脇に目をやると、そこにある階段、恐らく2階に続いているであろう階段にも、何某かの本が積まれていた。
「おいカナト、」
「どうぞ。遠慮なく上がってください。」
「いや、遠慮なくって言われても・・・」
取り敢えず俺は靴を脱ぐと、本の山に触れないように身を捩りながらゆっくりと歩を進めた。途中の小山を何とか跨ぎ越す。
どうにか辿り着いた扉を開け、室内に入ると、
「おい。」
「はい。」
「何なんだ、これは?」
そこにも、所狭しと本が積まれていた。
部屋が広いからか、生育途中なのか、山の高さは廊下ほどではない。
「本ですが。」
「これらが何かを聞いてるんじゃない。何でこんな事になってるのかって話だ。」
「いや、私の部屋って2階なんですよ。でね、買った本を持って上がるのが面倒臭くて・・・」
カナトは正方形のテーブルを前に座っているが、その周囲にも本が置かれていた。
「全く・・・・・、良く親御さんに何も言われないな。」
俺が愚痴ると、カナトの表情が曇った。悲しそうな顔で少し俯いている。
「親は、もう居ません。」
「え?」
「今は、私一人で住んでるんです。」
驚いた。
そんな話は初耳だ。いつの間にそんな事になっていたんだ?
水臭いじゃないか。一言言ってくれれば良いものを。
「済まない、そんな事になってるなんて知らなかった。何時頃だ? 何があった?」
「はい?」
「いやだから、」
カナトは俯いた拍子にズレた眼鏡を押し上げると「何を言ってるんだ?」という顔つきで俺を見た。
「先輩、何か変な勘違いしてますね。ウチの両親は死んでませんよ。」
「え?」
「生きてます。二人ともピンピンしてますよ。」
「何だよそりゃ!!」
俺は思わず大声を挙げていた。
だって、てっきり・・・・・
「お父さんが昔からの夢でどうしても田舎暮らしがしたいとか言い出しましてね、お母さんと一緒に引っ越しちゃったんです。」
「・・・・・ああ・・・そう。」
全身の力がどっと抜ける。
「母方の田舎の、高知の山奥の方で、私も一回行きましたけどエラい所ですよ。」
・・・・・まあ、不幸事じゃなくて良かったけど。
いや、じゃあさっきの表情は何なんだ?
「先輩、早とちりが過ぎますよ。」
「いや、だってお前さっきなんか悲しそうな表情してただろ!」
「そりゃ悲しいですよ! お母さんが居なくなったせいで私自炊しなくちゃいけなくなったんですよ?! もう面倒臭くて面倒臭くて!! お金掛かるから外食ばかりってわけにも行きませんし。先輩、何とかなりませんか?」
「知った事か!!」
俺は大きな溜息をついた。
肩が、落ちるのを自分でも感じる。
本当に、本当に疲れるヤツだコイツは。
「で? ご両親はこの惨状を御存じなのか?」
「惨状って・・・。お母さんには見られました。その時点で規模的には今の半分ぐらいでしたが。」
「怒られたろ。」
「はい。こっぴどく。でも、住んでるのは私ですから。居住者の使い易いようにカスタマイズして何が悪いのかと。」
「開き直ったのかよ。」
「理論的に説明しました。お母さんも最後には分かってくれましたよ。『好きにしなさい』って言ってくれましたし。」
「・・・いやまあ、多分それ『分かった』わけでは無いと思うぞ。」
「まあ、こんな話はどうでも良いんですよ。コーポ草森202号室について、調査方針を話し合おうと思うんです。立ち話も何ですから、どうぞ座ってください。」
俺は、改めて周辺をキョロキョロと見遣った。
「・・・・・どこに?」
テーブルの周りは本だらけで、座るどころか近付けさえしない。
カナトは、その事に初めて気付いたかのように「おお」と小さく漏らすと辺りをキョロキョロと見廻し、自分の真横の本の山を、ぐいと押しやった。
「どうぞ。」
「いや、なんで真横なんだよ。四角いテーブルに着くんだから、向かいか横の席じゃないのか? この状況で肩を並べて座るとか、おかしいだろ?」
「PCの画面も見てもらわなきゃいけないから、結局これが合理的なんですよ。」
「合理的って・・・」
「どうぞ、恥ずかしがらずに座ってください。」
「誰が恥ずかしがるか!」
これ以上言っても、多分埒が明かないだろう。
俺は顰めっ面のまま、カナトの横に腰を下ろした。
「あ、お茶かなんか淹れましょうか?」
「有難う・・・いや、良いよ。」
「なんか今、逡巡しました?」
「いやまあ。何かは忘れたけどカナトとお茶を巡って嫌な経験をした気がするんだ。だから、いい。」
「先輩ってホントに失礼な人ですね。一言で言うと超失礼ですね。」
「そんな事よりさ、俺、あれから実家に行ってみたんだよ。」
カナトは、更に文句を言い募ろうとしていたようだが、取り敢えずそれを引っ込めた。
好奇の浮かんだ目でこっちを見ている。
「行ったんですか? 202号室。」
「ああ。」
「で、どうでした?」
「何も、無かったよ。」
「何も?」
「整理して話しよう。」
俺は先日実家で確認した事柄を、要約してカナト伝えた。
大家たる両親は、心霊スポットの噂については知らなかった事。
202号室の隣の住人は噂について知っていた事。
最後の住人が短期居住で、退去から半年以上経っている事。
カナトは相槌も頷きもせず、黙って聞いていた。
「と、いうわけで、建物や部屋に特に何かってのは無かったんだよな。強いて何か変わったことを挙げるとしたら・・・、そう、多少手前味噌な所はあるけど、ウチの部屋って駅近で家賃も安めなんで、結構埋まりやすいんだよ。半年も空いてるのは珍しいっちゃあ珍しい。」
「それは別に良いんじゃないですか?」
カナトは事も無げに言った。
「良い、というのは?」
「時期ですよ。時期を考えてみて下さい。」
「時期?」
「転居の切っ掛けって、生活様式が変わるってのが多いじゃないですか。入学とか就職とか。それに合わせて新居を探したり契約したり。今ってその時期じゃありませんよね? だから、入居が無いんじゃないですか?」
「成程・・・・・。」
それは一理ある。
当然の事として、こうした「物件」は長期間抑えておく事が出来ない場合が多い。
家主にしてみればその間家賃収入は無いわけだし、仲介する不動産屋にとっても、手間が増える事になる。
仮押さえが出来る物件もあるが、それにしたって何か月も放置ってわけにはいかないのだ。
「年が明けて少しすれば、直ぐ埋まると思いますよ。私もコーポ草森の立地を見てみましたけど、これだけ公共交通機関から近くて家賃がお手頃なら、学生や新社会人には引く手数多でしょう。」
「確かに・・・、でもそうなると・・・」
「そうなると?」
「最後の住人、徳丸博美が退去したのも、変な時期って事になるよな。新年度は既に始まってるわけだし、引っ越しするには少し遅い気が」
「徳丸氏が社会人の場合、新年度に新しい辞令を受け、準備期間を経て転居、という可能性もあります。先の話を自分で出しておいてなんですけど、現時点での社会的地位の特定は不可能ですし、性急な断定は禁物でしょう。」
「まあ、それはそうか・・・・・。」
「何より、徳丸氏がこの噂の発信源とは限りません。それ以前の入居者についてはどうですか?」
「一応確認してみた。古い記録は仕舞い込まれてて見られなかったけど、確認できる範囲では特に問題は無い。」
「十分です。俄かに確認できない古いものは除外して構わないでしょう。」
「未だ誰が関係者か、そもそも歴代の入居者にそれがいるか不明瞭なのに?」
「この話の発生形態は『ネット上を中心とした噂』です。そういう、謂わば『電子的フォークロア』がポピュラリティを得る以前の居住者は頭から除外して構わないと思いますよ。」
「・・・・・」
「そもそも『心霊スポット』というトピックからして非常に現代的です。勿論昔からそれに類するものはありましたが、こういう形で情報化され共通認識化されるようになった背景には、インターネットの普及に伴う個々人による採材の容易さがある事は間違いありません。」
「採材の、容易さ?」
「欲しい材料の入手し易さ、ですね。ここでの材料とは、即ち『情報』の事です。」
カナトは眼鏡を指で押し上げるとパソコンの画面を開いた。
「例えば今ここで『心霊スポット』と入力して検索をすると、物凄い量の情報がヒットします。心霊スポットの場所やエピソードは勿論の事、そこへ行ったという人のレポート、探索動画、更には複数の心霊スポットについて掲載した所謂『纏めサイト』なども出てきます。」
「俺達も利用してるしな。」
「でも一昔前はどうでしょう? インターネット普及以前、こうした心霊スポットはどのような形で周知されていたでしょうか。」
「TVとか・・・、雑誌?」
「そうです。TVや雑誌の『心霊特集』等が主な情報源です。ただこれらのメディアは基本的に一方通行です。」
「情報を・・・、受け取るだけって事か? それならネットだってそう変わらんのでは?」
「決定的な違いがあります。 ネット上の情報は受け手側が取捨選択出来るんです。」
「欲しいもの、情報を選べるって事だよな?」
「そうです。かつてメディア上から得られる情報はそれが全てであって、受け手側の要望とは厳密な意味で乖離していたとしても、受け手側は妥協して受信するか、排斥して次の機会を待つかの二者択一なわけです。しかしネット上の情報は違います。」
「望みのものでなければ、同じ情報について更に調べられる、と?」
「要望を満たせない情報は即座に排斥し、別の情報を探求できる、というわけです。これは言い方を変えると、疑似的双方向性と言えます。受け手側は情報群に対して明確に要望を提示出来る。」
「要望を提示・・・」
「もう少し平易に言うと積極的に欲しい情報を探しに行ける、という事です。」
「それが双方向?」
「疑似的な、ですよ。受け手の要求に対して可否を出し、受信したり排斥したりする。つまり『情報群』と対話しているわけです。」
俺は溜息をついた。
「長々と話して貰ったところ恐縮なんだが、今の話と心霊スポットが現代的トピックである事、だから過去の住人については除外していい事とは、どう繋がるんだ。」
カナトは驚いたような、あるいは呆れたような目で俺を見ている。
「先輩って本当に鈍い人ですね。一言で言うと超鈍い。全部説明しなきゃダメですか?」
「今のが説明ってんなら、十分に不十分だと思うぞ。」
今度はカナトが溜息をついた。テーブルに手をつくとゆっくり立ち上がる。
「分かりました。まあ今後の『調査方針』にも関わる事ですしね。やっぱお茶淹れてきますね。」
そう言うや、室内の堆積物を器用に避けながら、別室へと消えて行った。
捨てられていた心霊スポット キサン @morinohakase
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。捨てられていた心霊スポットの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます