捨てられていた心霊スポット

キサン

1 コーポ草森202号室

 聞かれる度にそう答えているし、これからもそうするつもりだが、兎に角草森市浅井にある「コーポ草森202号室」は決して心霊スポットではない。

 

 確かにコーポ草森は築30年以上の古い建物だが、5年前に外観をリニューアルしており、年季の割には小奇麗に見える。

 また室内のリフォームについても、入居者の要望に柔軟に対応しているお陰で歴代の居住者の「個性」が色々と反映されてはいるが、概ね綺麗だ。

 賃貸物件として重ねた歴史の中で、当該の202号室は勿論の事、敷地内の如何なる場所であろうとも誰も死んではいないし、何だったら大きな怪我人も重病人も出ていない、と思う。

 俺が言うんだから間違いない。

 何せこの俺、村野卓也はコーポ草森の、オーナー兼大家の息子なのだ。

 コーポを建てた当人である両親からもそんな事件・事故の話は聞いた事が無いし、そもそも俺は実家にあたるコーポ一階の管理人用居室で長年暮らしていたが、パトカーも救急車も、加えて言うなら消防車も来たことが無い。

 大学進学に際し、学校近くのアパートで独り暮らしを始めたが、実家へはちょくちょく足を運んでいたから、その後に何か起こっても知らないという事は無いはずだ。

 今は学校を出て、しかし就職するでもなくぶらぶらしている関係で些か親の視線が痛いが、気にしないふりをして実家へは立ち寄っている。

 勿論その間にだって何も起こっていない。

 無いのだ。

 「いわく」が。

 心霊スポットとして、噂になる要因のようなものが。

 

 先日、知り合いと飲み会をしていた。

 高校時代の後輩で九重奏音という。

 極度のオカルト好きの、まあ変な奴だ。

 その変人から、思いも寄らない変な事を言われた。

 コーポ草森202号室って「出る」らしいですよ、と。


 「コーポ草森って知ってます?」

 「知ってるも何も、実家だよ。ウチの両親がやってるアパートだ。」

 「あ~、やっぱりそうだったか~。聞き覚えあったんだよなぁ・・・。」

 「何だよ、ウチのアパートがどうかしたのか?」

 「いやね、気を悪くしないで聞いて下さいよ? 私も人伝に聞いただけなんですからね・・・・・、らしいんですよね。」

 「出る? 何が?」

 「何がって、私のキャラとこの文脈から分かりません?」

 「カナトのキャラ?」

 「オカルトマニアってコト。タクヤ先輩ってマジで鈍いですよねぇ。霊ですよ、幽霊。幽霊が出るんです。」


 俺は思わず含んだばかりのビールを吹き出しそうになってしまった。

 は? え? 幽霊?

 カナトは、少々落ちていた眼鏡を人差し指で押し上げ、ジョッキを掴むと口に着ける。


 「幽霊? 幽霊ってあの、化けて出てくるヤツ?」

 「他に幽霊と呼ばれるものがいるんですか? ああ、生きている者を起源とするのもいますけど、その場合は生霊といって少し毛色が異なりますが。」

 「そんな事はどうでも良いんだよ。幽霊が出るって? ウチのアパートに?」

 「そういう噂です。」

 「噂・・・ねぇ。いや、出ないよそんなもん。」

 「そんなもんは言い過ぎでしょ。」


 カナトは一瞬で飲み干したジョッキをテーブルへ置くと振り返って店員を呼んだ。

 ビールのお代わりを頼むと、再びこちらへ向き直る。

 そういえばコイツは俺の何倍も飲む、酒に強いヤツだった。

 あれ? 俺、奢るって言ってないよな? 大丈夫だよな?


 「兎に角、私の聞いた話だと若い女の幽霊が出るんだとか。」

 「若い女の幽霊? なんで?」

 「なんですか、『なんで』って?」

 「いやだからさ、どういう理由でその若い女はウチのアパートに出るって言われてるの? 病死したとか自殺したとか、殺されたとかあるじゃん。要するに化けて出る理由だよ。」

 「そんなの知りませんよぉ。・・・そういやそこのところの話は聞いてないな。」


 カナトはスマホを取り出すと何やら操作を始めた。


 「何するの?」

 「調べてみます。」

 「調べるって、どうやって?」

 「先輩は知らないでしょうけど、全国の事故物件について掲載されてる検索サイトがあるんですよ。先ずはそこで調べます。」

 「世の中には色んなものがあるんだな。」

 「だってうっかり事故物件的なトコに引っ越しちゃったりしたらヤじゃないですか。」

 「事故物件って、うっかり引っ越すものなの? 告知義務だってあるのに。」

 「心理的瑕疵について、ですよね。でもそれって直近のもの以外は告知しなくていいんですよ。2021年にガイドライン化されてます。賃貸の場合だと発生から3年経過した案件については告知の義務が無くなるんです。自然死及び日常生活で発生した不慮の死については、そもそも告知不要です。」

 「不慮の死って?」

 「転倒や転落等の事故死、誤嚥なども含まれます。特殊清掃が入った場合は告知の必要がありますが。」

 「特殊清掃か。孤独死なんかかな。」

 「後は日常生活で使用しない共用部分で発生した案件についても告知の必要はありません。」

 「使用しない共用部分となると・・・」

 「機械室、パイプスペース、管理器具倉庫、要するに入居者が日常近づかないか、立入禁止になっている場所です。屋上や非常階段なんかもそう判断される事もあります。」

 「それ以外は告知の対象だよな?」

 「そうです。新規入居者が知っておくべき、諒解しておくべき事物について隠し立てすると貸主や仲介した者の非になります。でも、例えば間に誰か一人挟んで、3年後その人が円満に退去してしまえばそれ以上遡って告知する義務は無いんですよ。」

 「ふ~ん。」

 「ふ~んって、知らないんですか先輩。大家の息子のクセに?」

 

 俺は素知らぬ顔をしてビールを飲む。

 さっきも挙げた通りウチには「心理的瑕疵」に該当する事例が無いのだ。それに関する知識が無かったとしても、責められる謂れは無い。そもそもウチのアパートで死人は出ていない。


 「う~ん、載ってないですねぇ。」

 「そりゃそうだろ、何も起きてないんだから。」

 「いや、そういう問題じゃないんですよ。」


 カナトがスマホを仕舞うと同時に店員が新しいジョッキを運んできた。

 それを掴みながら新しいビールを注文する。

 ジョッキを乾した俺のお代わりを頼んでくれた、なんてわけはない、多分。

 コイツがそんな気の利いた奴ならもっとモテてるだろう。顔はワリと良いんだ。これでもう少しが良ければ、金曜の夜に俺みたいなしがないプータローと顔を突き合わせて飲んだりしてないに違いない。

 実際高校時代は良く告白されていたし、確か何人とは付き合ったはずだ。

 ただまあ、その頃からドの付く変人で、常に相手が音を上げて御破算になっていた、というのが俺の印象ないしは記憶だ。

 まあ、そんな事はどうでも良いんだが。


 「で? そういう問題じゃないっていうのは、どういう事?」

 「ええ、先輩の実家、ってのもなんかアレなんで、これからはもう簡単に『202号室』っていいますね。202号室には女の幽霊が出るという話がある。」

 「噂、な。」

 「良いんですよ、細かい事は。兎に角202号室には幽霊が出るって事は、さっき先輩が言ったみたいに理由があるはずです。自殺? 孤独死? 殺された? 何らかの理由で人が命を落としている筈です。」

 「そうなるな。」

 「先輩の記憶と確信が本物なら、」

 「本物だよ。決まってるだろ。」

 「最後まで聞いてくださいよ。本物なら『202号室に幽霊が出る』という話はウソという事になります。つまり『コーポ草森202号室は心霊スポット』という事です。」

 「・・・」

 「でも現実に私は会社の同僚から202号室に女の幽霊が出るという話を聞きました。彼女は直接それを目撃したわけではなく、今の私たちと同じように飲み会の席で友達から聞いたそうです。次にこの話に触れたのはネット上、オカルト系SNSでの話題でした。」

 「ネットにまで載ってるのか。」

 「小さなコミュニティですけどね。そこで・・・・確か『マイナーな心霊スポットを挙げていく』という話題だったと思います。そこで出てたんです。202号室が心霊スポットとして。」

 「・・・」

 「最終的にはそれほど多くはありませんが、幾つかの情報が見つかりました。総体としては『コーポ草森202号室は心霊スポットである。女の幽霊が出る』という話になります。」

 「聞けば聞くほど嘘くさいなぁ。」

 「ところでこの情報は得た側の私も、そして与えた側も、当事者じゃありません。つまり伝聞です。」

 「噂、な。」

 「そう、噂、つまり誰かが流している。言い出しっぺがいるわけです。ここまで聞いておかしいと思いませんか?」

 「おかしい? そりゃ在りもしない心霊スポットの話なんだからおかしいだろ。」

 「いや、そこじゃありません。」

 「違うのか。」

 「でもそこです。」

 「何なんだよ。」


 会話を止めて再びズレた眼鏡を押し上げると、カナトはビールを一気に飲み干した。

 と、思ったら後ろを振り向いて店員を呼んでいる。

 まだ飲むのかよ。

 注文を終えてこちらを向き直ったカナトは、ヒソヒソ話でもしようとするかのように、少しこちらへ顔を寄せてきた。


 「さっき見ていた事故物件まとめサイトは、基本的に入居者・関係者からの情報提供に基づいているんですよ。そこにも、記述が無い。つまり何処にも無いんです。要するに202号室は今の所事故物件としては、認識されてないんだと思います。」

 「だから?」

 「どうして『事故物件』じゃないんでしょう?」

 「・・・う~んと、どういう事?」


 カナトの目が色を帯びる。

 今までも何度か見たことがある、形容し難い色を。

 それは往々にしてロクでもない記憶とリンクしていた。


 「どうして『コーポ草森202号室は事故物件だ』って噂が流れないんでしょうか?」


 カナトは元の姿勢に戻ると、喉を湿す様に少しビールに口を着けた。


 「さっきも言いましたけど、私の聞いた202号室に関する話は全て伝聞です。という事は、誰か発信者が居るはずなんです。」

 「言い出しっぺ、か。そりゃまあそうだな。」

 「悪意の在る無しは兎も角として、その発信者は202号室を心霊スポットにしたかった。だからそんな話をでっち上げたわけです。」

 「そうだろうな。そうか、悪意の在る無し、か。ウチに恨みがあるとか、そういう事か・・・・・」

 「あるいは単に友達間の怖い話でネタに困って適当に作ったか、さっきも言ったようにその動機は別にどうでも良いんですが、この嘘に説得力を持たせるためには、発生している異常現象の原点、この場合は女の幽霊が現れる理由がセットで語られるべきなんです。」

 「成程。」

 「コーポ草森202号室に女の幽霊が出るんだって。事故物件らしいよ。何でもそこで若い女性が殺されたんだって。分かれた男との痴情の縺れが元で。要は202号室は心霊スポットなんだ。と、こういう文脈で語られるべきです。」

 「つまり『幽霊が出る心霊スポット』としての情報はあるのに、『事故物件』としての情報が見当たらない、というわけか。」

 

 カナトはしたり顔で微笑むとジョッキを呷った。

 俺の実家を、心霊スポットとして喧伝しているヤツがいる。

 何故だ? 妬まれるほど金持ちでは無いし。

 恨み?

 少なくとも俺は覚えが無い。

 まあ恨みなんて何時何処で誰から買うか分かったもんじゃないが、それにしたってそんな迂遠な方法で復讐しようと思うか?

 幽霊が出る、だなんて。

 どんな部屋だっけ? 202号室。今誰か住んでたっけ。

 思い出せない。思い出せないぐらい、何事も無いのだ。

 頭の中にぼんやりと浮かぶのは、何処ともつかないアパートの一室。

 実家の部屋か、テレビででも見たのか。

 特徴の無い間取り。特徴の無い家具。

 そしてその部屋の真ん中に・・・女性が・・・・立っている?


 幽霊?


 「先輩。」

 

 取り留めも無くそんな事を考えていた俺は、カナトの呼びかけで現実に戻って来た。


 「ああ、ゴメン。何だっけ?」

 「なんか、ぼーっとしてましたね。」

 「そうかい?」

 「考えてたんでしょ、202号室の事。」

 「・・・まあな。」

 「気になります?」

 「そりゃあ・・・、自分ちの事だからな。」


 カナトはフフッと笑うと左手を差し出してきた。

 

 「調べませんか? この話。私と一緒に。」

 「調べる? 調べるって、何を?」

 「この話を、です。『コーポ草森202号室は心霊スポットである』という話は、いったい何なのか。」

 「何なのか・・・・・」

 「この話が嘘だというなら、その嘘を流している人物がいるって事です。さっきはどうでも良いと言いましたが、嘘をつく動機があるんですよね、その人物には。」

 「・・・」

 「それになんでこんなを流したのか? 其処にも何某か理由があるはずなんです。」

 「・・・」

 「それを、調べてみましょうよ。」

 「・・・」

 「ねぇ、どうせ先輩、毎日ヒマでしょ?」

 「あのな。・・・まあでもこんなおかしな話、放っておいて入居希望者とかに影響出ても困るしな・・・。」

 「そうですよ。何か分かるかはやってみなきゃですけど、調べてみるってのが大事ですよ。」

 「・・・オマエは興味本位だろ?」

 「勿論です!!」

 「ハラ立つな。」

 

 俺は不機嫌そうな顔をしながらも、差し出されたカナトの手を取った。


 「ヨシ! 契約成立! 先輩には張り切って動いてもらいますよ~!」

 「おいおい、まさか全部押し付ける気じゃないだろうな。」

 「そんな事しませんよ。ただね、こちとら会社員なんです。先輩みたいに、日がな一日ぼーっとしていられるような、良い身分じゃないんですよ。だから先輩は頑張って貰います。私が北へ行けと言えば万難を排して北へ行き、南へ行けと言えば這ってでも藻掻いてでも南へ行くんです!」

 「ヒデェ話だし、ヒデェ言われようだし。」

 「まあ今日は結構飲んじゃってるんで、後日ちゃんと打合せしましょう。って事で、そろそろお開きにしますか。」

 

 二人で飲むとき、散会を切り出すのは大体カナトだ。

 まあ、良いだけ飲んだのだろう。

 俺は伝票を掴むと立ち上がった。


 「おっ?! 奢りですか?!」

 「んなわけあるか! ワリカンだバカモノ!」

 「伝票見せて下さい! ええっ! メッチャいってるじゃないですか~! 奢って下さいよ~!」

 「オマエがバカみたいに飲むからだろ! ワリ負けしてるだけでも腹立たしいのに!!」

 「先輩のドケチ~!! 無職~!!」

 「その無職にたかろうとするんじゃない!!」


 ぎゃあぎゃあ言うカナトを引っ張って会計を済ませる。

 

 「もう遅いから、タクシーで帰るんだぞ。」

 「え~、この上タクシー代まで出させるんですかぁ~!」

 「わかったわかった、タクシー代は奢ってやる!」 


 しつこく駄々を捏ねるカナトをタクシーへ押し込んだ。


 「じゃあ、お金下さい。」

 「後で領収書出せ。その分払ってやる。」


 サギだとかなんとか喚くのを無視して、運転手に車を出すようお願いする。

 露骨に嫌な顔をされたが、兎に角タクシーは走り出し、見る間に小さくなっていった。

 調べる、ねぇ。

 そうだな、先ずは親父とお袋にでも話を聞いてみるか。

 でも・・・、何を?

 いない筈の幽霊について? 

 無い筈のいわくについて?

 微かな不安が、染みのように広がっていく。


 「コーポ草森202号室は心霊スポットではない。」


 声に出してそう言った。

 自分でも良く分からなかったが、兎に角そうしたい衝動に駆られたのだ。

 俺は小さく溜息をつくと、自分が乗るタクシーを呼ぶためにスマホを取り出した。

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