第2話 神様に、願い事をしていいらしい
全校朝礼が終わると、それぞれのクラスが順に教室へ帰る。
そして小学校の頃から変わらないが、始業式や終業式、全校朝礼のあとは他のクラスが全員戻るまで謎の空き時間が発生する。
教室内限定の軟禁休み時間だ。
暇をつぶすため、いつもならみんなスマホをいじっているのだが、今日は違う。
「天原さん! 帝居の中ってどんな生活なの!?」
「メイドさんとか執事とかいるの!?」
「天津神の趣味って何!? 普段何してんの!?」
「天津神って親が結婚決めるって漫画にあったけど本当!?」
「天原家って天津神の中でも御三家の一つだよね!? もしかして次期当主!?」
クラス中の生徒が天原の席に群がり、質問攻めにしていた。
トップ芸能人が転校してきたって、ここまでの騒ぎにはならないだろう。
まさに、神様パワーだ。
「天原さんて許嫁とかいるんですか!?」
千歳は全力でプライベートに踏み込んでいた。おいおい。
「大人気だな」
冷静な大塚の言葉に、俺は席に腰を落ち着けたまま、クールな長身を見上げた。
「お前は行かないのか?」
「気にはなるし聞きたいこともあるけど、落ち着いてからでいい。俺は効率重視なんでな」
「はは、Z世代」
俺はからかってみる。
「そういう東山もいいのか?」
「俺は神様とか興味ないからな」
「そういえばお前、芸能人はVチューバーにも興味ないな?」
「熱中しないだけで人並みにはたぶん興味あるぞ」
「そうは見えないけどな。それにしても、テレビで見たことはあるけど、本物はオーラが凄いな。長身美人でスタイル抜群。あれじゃ女優やグラビアモデルも形無しだ」
大塚の視線を追い、天原に目線を向けた。
人間ではアイドルや女優でも敵わない、CGのような神顔、そして大きな瞳は、虹彩の周りが金色に縁どりされ、淡く光っている。
神様特有の、光輪だ。
艶やかな黒髪は側頭部から丁寧に編み込まれ、うなじでひとつに結っている。
天綯(あまない)、という、天津神の女性が十五歳以降に取る伝統ある髪型だ。
神を編む行為が【神と人との絆を綯う】意味を持ち、儀礼の場では結び目に勾玉飾りや、白木の簪を用いると、爺ちゃんが教えてくれた。
――まぁ、確かに冗談みたいな美人だよな……。
ゲームの世界から抜け出したような――厳密にはゲームが神様の顔立ちを真似しているのだが――その絶世の美貌には嘆息が漏れるも、それだけだ。
ほとんどの男子がクラスのマドンナと無関係のまま卒業するように、同じクラスなんて接点はあってないようなものだ。
それに、見てくれでお近づきになろうなんて失礼にも程があるだろう。
「ねぇねぇ天原さん神様なら神通力使えるんだよね!?」
「アタシの恋愛運上げて!」
「ずるい、あたしは金運上げて!」
「ソシャゲでSレア出ないんだ! オレの引き運を上げてくれ!」
「神通力でニキビ治してくれ!」
「絵がうまくなりたいんだけど」
「勉強していてもSNS気になっちゃうから、集中力上げて!」
「彼氏と喧嘩中なの! 仲直りさせて!」
「クラスメイトだしいいよね!?」
失礼にも程があるだろう。
一般に、天津神は絶大な神通力を持っているらしい。
それこそ、社会問題や国難に対処できるほどに。
だからこそ、その力は日本政府の要請によってのみ、使用される。
クラスメイトの図々しさに、ちょっと嫌気が差した。
怒涛の要求を、天原は人形めいた硬い笑みで静かに聞いていた。対応に困っているように感じる。
「おいおいお前ら、クラスメイトだからってお友達パワーでお願い事なんて図々しいぞ」
そう言ったのは、長身モデル体型で顔も運動神経もいい、クラスの中心人物、高槻裕也だった。
いわゆる陽キャで、自分本位な部分はあるけど悪い奴ではない。
今もこうして、クラスをまとめようとしている。
「願い事は一人一個までだ。ほらちゃんと並んで。二回お願いしないようにちゃんと記録するからな」
前言撤回。
こいつただの仕切り屋だ。
天原当人は何も言っていないのに、みんな高槻の言いなりになって本当に列を作り、勝手にお願い事を始めた。
「もっと絵を上手くしてください」
「……わかりました」
そんな状況に、だけど天原は機嫌を損ねる風でもなく、平静に対応し始めた。
一人の女子のおねだりに、天原は手をかざした。
すると、両目の虹彩を縁取る光輪が強く輝いた。
天原の手の平からも淡い燐光が溢れ、そして女子の体に吸い込まれて消えた。
「あ、今なんか体にびびっと来たかも! これで絵が上手くなるんだよね?」
「はい。ただ効果は徐々に出ますし、無意識で描いてくれるわけではありません。たゆまぬ努力を続けてください」
「じゃあ次はあたしね、最近彼氏と喧嘩中でさぁ」
――やれやれ。ん?
俺が呆れていると、いつのまにか大塚の姿が無かった。
彼の姿を求めると、ちゃっかり列の最後尾に並んでいた。
クールな顔して、なかなか抜け目ない。
――まったく、天原のやつも大変だな。
「集中力を上げてくれ」
「……はい、では」
願いを聞く時のわずかな間。
彼女も転校早々、働かされて倦んでいるのだろう。
そう思うも、よく見れば、どこか彼女の声音が硬く、目の奥に緊張を感じた。
――神様が俺ら人間にびびっている? いや、違うな。
俺は心の中でかぶりを振った。
今まで蝶よ花よと愛でられ、高貴でお上品な世界で生きてきたんだ。
こういうギャーギャーとやかましい庶民のノリに、ついていけないんだろう。
天津神様からすれば、俺らなんてワンニャーとやかましい犬猫の群れに違いない。
見聞を広めるためとはいえ、帝居を出るならせめてお嬢様学校へ行けばいいのに。
俺は天原に同情した。
「おい東山!」
上司が部下を呼びつけるような声に視線を向けると、高槻がこっちを見ていた。
「あと願い言っていないのお前だけだぞ、早くしろ」
クラスメイトたちの視線が俺に集まった。
天原も、静かにこちらに首を回して、光輪の瞳と目が合った。
何度見ても、やはり神々しいほど美しく、魅力的だ。
超常の存在感と、だけど、同時に他人ながらおせっかいな不安を感じてしまう。
俺は子供の頃を思い出しながら、視線を外してスマホを取り出した。
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