第2話
「あれ? おーい、聞こえてますかー?」
画面の中で戸惑いの表情を見せる少女をよそに、俺の視線は彼女の体をなぞっていく。
腰まで伸びた金髪に、三星の名に違わない星型の髪飾り。
大きな胸を強調するような、露出度の高い服。
良くも悪くも、よくある女性Vtuberらしい見た目だ。
――茶色い毛で覆われた、野生動物のような手足を除けば。
「無視しないでくださいよ、
「……え?」
画面をボーっと眺めていた俺の意識が、マシラの言葉で覚醒する。
「なんで俺の名前を?」
「マシラちゃんは超高性能なAIなので! パートナーの情報収集くらいわけもないのです!」
「はあ?」
「例えば、そうですね……」
三星マシラは小さく咳ばらいをして、大きく息を吸うと。
「白田盛彰さん、男性。1993年9月1日生まれの32歳で、S県X市出身。県内の国立大学を卒業した後、派遣社員としていくつかの会社を転々とするも、昨年4月に派遣会社への登録を解除して無職に。ゲーム実況チャンネル『Mr.ホワイトの実況部屋』を設立するも登録者数は低迷している。交際経験はゼロで初恋の相手は――」
「わかった、わかったから! もう黙ってくれ!」
一息にまくしたてるマシラの言葉を遮る。
これ以上好きに喋らせていると、封印したい黒歴史の数々を掘り起こされかねない。
「……で、お前は何者なんだ。新手のウイルスか?」
「ウイルスだなんて酷いです! それに、最初に申し上げたじゃありませんか!」
「え? ああ、『願い事サポートAI』……だったか」
「はい! 幸運にも選ばれた白田さんの悩み事を解決するべく馳せ参じたのです!」
スマートフォンの中で自慢げに胸を張る少女。
その仕草や受け答えは、中に生身の人間がいるのではないかと思うほどだ。
最近の生成AIの進歩は目覚ましいものがあるとは知っていたが……ここまで人に近いAIが存在するとは。
だが、しかし……。
「ウイルスじゃないにしても、どうせ詐欺かなんかだろ」
「えー、ひどーい!」
「そう言われてもなあ……」
唐突にスマホを乗っ取って「あなたの願いを叶える」だなんて、信じる方がどうかしている。
話を聞く価値があるとは思えなかった。
「そうだ、願いを叶えるって言うなら今すぐ俺のスマホから出て行ってくれよ」
「あー、それは無理ですねー。色々とルールがあるので」
「嘘つけ! そんな都合のいいルールがあって――」
スマホの中の少女と口論を繰り広げていた、その時だった。
「おい! 毎日毎日うるせえぞ!」
怒鳴り声と共に、玄関の扉が乱暴に叩かれる。
……先ほどの配信中にも壁を叩いてきた、隣の部屋の住人だ。
壁の薄いこのアパートで、マシラとの会話が筒抜けになっていたようだ。
「おや、どうやらご迷惑をお掛けしてしまったようですね!」
「分かってるなら黙ってろお前……!」
ひとまずマシラを黙らせようとスマホの電源を切ろうとする。
しかし、あいも変わらず俺のスマホは操作を受け付けない。
「クソッ、電源ボタンも音量ボタンも効きやしねえ! なんだこいつ!」
「ふっふーん、無駄ですよ。私は超高性能なAIなので!」
「性能の問題じゃねえだろ!」
暢気なセリフを吐く少女を思わず怒鳴りつける。
そうこうしている内に、扉を叩く音はどんどん激しさを増していく。
「まあまあ、ここは私にお任せください。今回は迷惑料としてサービスしときますので!」
そう言ってウインクしたかと思うと、三星マシラの姿がズームアウトしていき、画面の中に星空が広がる。
白い尾を引いては消えて行く、流星の数々。
流星群の内の一つがマシラの目の前を通過したかと思うと――少女はそれを両手でキャッチした。
マシラの毛むくじゃらの手の中で光が弾ける。
白い光が画面いっぱいに満たされ、スマートフォンすら飛び出し俺の視界を覆い尽くし――。
その光が収まる頃には、扉を叩く音は消え去っていた。
「……え?」
音を立てないようにして玄関の扉に忍び寄り、恐る恐るドアスコープを覗く。
そこに人の姿はない。ただ、切れかけの蛍光灯が明滅する薄暗い廊下が見えるだけだ。
はち切れんほどの怒りを爆発させていたはずの隣人は、どこかへ姿を消していた。
「どうですか? これで私の力を信じてもらえましたか?」
背後から得意げな少女の声がする。
俺にはもはや、疑いの余地はなくなっていた。
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