願い事サポートAI・三星マシラの活動記録

水底まどろみ

第1話

 そこかしこで入り乱れる銃声。

 通信機に表示される、味方の死を伝える無機質な信号シグナル

 眼下に広がる市街地には民間人の姿はなく、軍服を身にまとった男たちが忙しなく走り回っている。


「クソッ……もう時間が無いな……」


 小さく舌打ちしながら向こう側のビルの屋上を睨みつける。

 今、俺たちの部隊は劣勢に立たされていた。

 それもこれも、あそこに陣取っている敵スナイパーのせいだ。

 よほど腕がいいのか、あるいは味方が迂闊なのか……下で走り回っている味方を的確に撃ち抜いてきたため、今やまともに身動きも取れなくなっていた。

 このままでは俺たちの敗北は決定的である。


 だが、まだ逆転の目は残されている。


 俺は静かにスナイパーライフルを構え、スコープを覗き込む。

 そこに映るのは、目元以外を覆面で覆った敵スナイパーの横顔。

 こちらに気づいている様子はない。

 ここで奴を消せば、あとは味方の働き次第で挽回の可能性はある。


「随分暴れてくれたようだが……これで終わりだ」


 この戦場に棲む悪魔を討ち倒し、そして部隊の救世主になるために……俺は奴の頭に狙いをつけて引き金を引いた。





 ――が、銃弾は標的の数十センチ横の壁に火花を散らして弾けた。


「外した……!?」


 勝利を確信して銃を下ろそうとしていた俺は、慌ててライフルを構え直す。

 再度覗き込んだスコープには……奴の姿は無い。


「クソ、どこに――」


 次の瞬間、一発の銃声が耳に届いたのと同時に、俺の視界は赤く染まった。







「……やってられるかこのクソゲー!」


 床に叩きつけられたマウスから電池カバーが外れ宙を舞う。

 メインモニターの中では、情けなく肩を落とす俺のアバターの横に今回の試合ゲームの戦績が表示されていた。


『0k1dてw』

『相手スナイパーとのキルレの差酷すぎて草』

『芋砂乙』

『味方がかわいそう……』

「うっせぇな、お前らどこのランク帯だよ!」


 配信画面確認用のサブモニターに流れる、どこの馬の骨とも分からない奴らの嘲笑の数々。それがまた俺の怒りに油を注ぐ。


「大体、なんであれが当たってねえんだ! 絶対ラグだろ!」

『またキレ芸始まったよ』

『相手止まってたのにラグもクソもないだろw』

『思い切り外してたし』

『負け犬の遠吠え乙』


 一切俺に賛同しようとしないコメントたち。

 こんな連中でも、俺の弱小チャンネルの貴重な固定層だった。

 こいつらが居ついてしまったせいで新規が入りにくいとも言えるのだが。


「それにキルレの話するなら、この『hato_nagi』とかいう奴の方が酷いだろ! こいつが一生死にまくってるから人数有利が取れなくて――」


 ドン。

 と、鈍い音が部屋の壁から響き俺の言葉を遮る。


「……あー。萎えたから今日はこれで終わりでーす」


 高速で流れるコメント欄を尻目に、俺はそそくさと配信を閉じる。

 そして肺の底から空気を吐き出して、ベッドの上に体を投げ出す。


「……クソがよ……」


 そんな言葉が口から漏れる。

 何に対して毒づいたのかは分からない。

 ただ、焦りと苛立ちだけが日に日に募っていく。


 社会の歯車に甘んじることを拒み、好きだったゲームで生計を立てようと一念発起したのが去年のこと。

 やっとの思いで収益化まで漕ぎつけたものの、ただでさえ人口が多い配信者業界。 

 何の特徴もない男のゲーム実況は特に需要が低く、毎日欠かさず配信を行っても収入は月に数千円程度であった。

 会社員時代に蓄えた貯金も底が見え始め、いよいよ本格的に後がなくなってきた。


「……生活保護ってどうやったら受けられるんだ」


 最後の切り札が脳裏にチラついた俺は、市役所のホームページを開こうと思いスマートフォンに手を伸ばす。


「……ん」


 手に取ったスマホには、SNSにDMが届いているという通知が来ていた。

 パソコンの方で動かしている配信告知用のアカウントとは違い、こちらは昔から個人的に使っていたものだ。

 フォローしているのはプレゼントキャンペーンか何かを目当てに登録した公式アカウントくらい。フォロワーはブロックし忘れたスパムだけ。

 こんなアカウントにDMを送るやつは十中八九業者に決まっている。

 そのはずなのに、この時の俺はどうしてもDMを開かなければいけない気がして……とうとう無視できずに画面をタップした。


「……なんだ?」


 メッセージの送り主の名前は、『願い事サポートAI・三星マシラ』というどこか胡散臭いものだった。

 アイコンには星型の髪飾りをつけた金髪の少女が描かれている。Vtuberかなにかに見えなくもない。

 だが、人一倍ネットの海に浸ってきた自負のあるこの俺でさえ、『三星マシラ』なんて名前に聞き覚えは無かった。

 もう一度画面に触れて、DMの内容を確認してみようとする。


 だが、メッセージが表示されることはなく――代わりに、何かのダウンロードが進行していることを示すゲージが映し出された。


「は!? おい、何勝手に!」


 慌てて画面を何度も触るが、なぜか操作を全く受け付けない。

 そうこうしている内にダウンロードが完了し、画面が一瞬暗転したかと思うと――。



「はじめまして! 悩める人間の夢を叶える電子の海の流れ星、願い事サポートAIの三星みつぼしマシラでーす!」


 先ほどアイコンで見たのと寸分違わない金髪の少女が、俺のスマホの中から話しかけてきた。

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