第5話 『声が、風を越えた日』
■ 走りながら、話したかった
走ることには、だいぶ慣れてきた。
信号。
カーブ。
車との距離感。
最初は緊張で強張っていた肩も、今では走り出して数分もすれば、自然と力が抜ける。
三人とも、それぞれのペースで、「バイクで走る」という行為を身体に覚えさせ始めていた。
けれど――
どうしても、足りないものがあった。
(今の、見た?)
(ちょっとヒヤッとしたよね)
(今の景色、やばくない?)
止まれば話せる。
コンビニに寄れば、いくらでも感想は共有できる。
でも、**走っている「その瞬間」**だけは、言葉にできないまま、風の中へ流れていく。
それが、少しだけ――もったいなくて、もどかしかった。
向島のコンビニ前。
エンジンを止め、ヘルメットを外した三人が、夕暮れの海をぼんやり眺めていた時。
遥が、何気ない声で言った。
「……インカム、欲しくない?」
ほんの思いつきのような、でもずっと胸にあった言葉。
美海は、一拍も置かずに反応する。
「え、欲しい!!走りながら喋れるやつでしょ!?」
沙月はすぐには答えず、少しだけ考えてから、現実的に言った。
「高いのは無理だけど……安いのでいいなら」
その一言で、話は決まった。
三人とも、**“それで十分”**だと分かっていたから。
⸻
■ 安物上等、という選択
その日の夜。
遥の部屋に三人が集まり、ベッドの上にスマホを並べる。
画面には、Amazonの検索結果。
「え、これ一台三千円台なん!?」
「レビュー見ると、“音はそれなり”って書いてあるね」
「“それなり”で十分じゃない? どうせ叫ぶし」
美海のその一言に、遥が吹き出す。
「確かに。静かに喋る自信ないわ」
結局選んだのは、よく分からないメーカー名の、ノーブランドインカム。
・通話距離は短め
・音質は期待しないでください
・でも一応、三台接続可
という、**学生向けの“割り切り仕様”**が詰まった一品だった。
「まあ、最初だしね」
「壊れたら笑い話」
「ていうか、使えるだけで楽しいでしょ」
誰かが言い切ると、三人とも同時にうなずく。
値段よりも、**“一緒に使う”**ことの方が大事だった。
購入ボタンを押した瞬間、三人の胸の奥に、小さなワクワクが生まれていた。
⸻
■ 取り付け作業は、だいたい騒がしい
数日後。
箱を開けた瞬間から、事件は起きた。
「え、説明書ちっさ!!」
「このスポンジ、どこに貼るん?」
「コード余らん!?これ絶対余らんやつでしょ!?」
机の上には、ヘルメット三つ。
説明書はA5サイズ一枚。
沙月は黙々と作業を進め、遥は途中で一度投げ出し、美海は最初から感覚でやっていた。
「多分……ここ!」
「それ耳の後ろやん」
「え、じゃあどこ!?」
最終的に、沙月が二人のヘルメットを引き寄せる。
「……いい?スピーカーは“耳の穴の横”」
「了解であります!」
「ミウ、次から最初から任せる!」
夕方。三台分の装着が終わった頃には、外の空が少し赤くなっていた。
⸻
■ 初接続、初通話
エンジンはかけず、まずは通話テスト。
「……聞こえる?」
遥が恐る恐る話す。
一拍遅れて、美海の声。
『聞こえる!!え、ちょっと遅延あるけど普通に聞こえる!!』
『……音、思ったより悪くないね』
沙月の声は少しこもっているが、ちゃんと識別できた。
「うわ……ヘルメット被ったまま会話できるの、変な感じ」
『顔見えんのに喋れるって不思議やね』
『……慣れたら、便利そう』
三人は、顔を見合わせて、自然に笑った。
⸻
■ 走りながら、声がある
短い距離だけ、走ってみる。
いつもの海沿いの道。
交通量は少なめ。
遥が先頭で走り出す。
風切り音。
エンジン音。
(聞こえるかな……)
そう思った瞬間。
『今のカーブ、ちょっと砂ある』
沙月の声だった。
「……聞こえた」
遥は、思わず声に出す。
『え、今の海見た!?』
『見た見た!!めっちゃ青い!!』
美海の声は少し割れていたけれど、その興奮は、ちゃんと伝わった。
(すごいな……)
走りながら、同じ景色を、同時に共有できる。
それだけで、道の印象が、少しだけ変わった。
⸻
■ 欠点も、ちゃんとある
もちろん、完璧ではない。
『……あ、今ノイズ』
『ごめん、風強いと途切れる』
『ちょっと距離開くと、聞こえにくいかも』
安物らしい弱点は、きっちりある。
でも。
「……それでも、楽しいね」
信号待ちで、遥が言う。
美海が頷く。
「うん。走ってる時、ひとりじゃない感じする」
沙月も、少しだけ口元を緩める。
「……声があるだけで、安心するね」
⸻
■ 次は、もっと遠くへ
帰り道。
三人は自然と、少し間隔を広げて走っていた。
それでも、声は届く。
『今度さ』
遥が言う。
『もうちょい遠く、行かん?』
『橋あるとこ?』
『……うん。動画で見た道』
沙月が静かに言った。
『……インカムあるなら、行けそう』
その一言で、三人の中に、次の目的地が浮かぶ。
今日は、声を手に入れた日。
そしてそれは、**“一緒に遠くへ行ける準備が整った日”**でもあった。
道は、これからもっと、先へ続いていく。
To be Continued,,,
次の更新予定
しまなみブルー外伝 ―尾道女子ライダーズー TAKA☆ @TEHKAN_J
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