第2話:ここまでが序章です

 抜刀。


 前を囲っていた、半分以上の魔獣が一掃され、視界が開かれる。


 一撃ではすまなかったか。


 剣が軽い。

 威力が劣る。


 奥の方で唸り声をあげる獣達を一瞥し、また剣を振った。


 それらも血を流して絶命する。


 ああ、先程あんなに心をかき乱した血だ。


 その事実に対して、さらに苛立ちが募った。


「おお……。すごい」

「……寄るな」


 近くとも言えない場所にいる魔人が少し動いた事へ、この苛立ちを向けそうになる。


 少しでも動かれれば、確実に殺してしまう。


 魔人が側にいるということを考えるだけ反吐が出るが、今この状況でこいつを殺してしまえば、そのままズブズブと嵌っていってしまうだろう。


 あの狼のようなものにはなかった、謎の確信があった。


 だが……。


「……なぜ生きているのだ?」


 獣共は一掃できた。


 だというのに、本気ではないとはいえ、すぐ間合いの中にいたこいつには、かすり傷一つすらない。


「避けたから〜」


 ヘラヘラ笑って、なんともなさそうに答えられる。


 そして、俺は避けた事にさえ気づくことができなかった。


 予想以上に強い。

 先程の魔王と同等レベルかもしれない。


 脅威だ。


 すぐに始末しなければ。


「ねえ兄ちゃん、今の、唆られんでしょ」


 再び勇者が警戒していると、魔人は後ろに下がってそう言った。


「……あ?」


 図星。

 その事に気づき、動揺して思わず魔人を睨む。


「前の魔王サマも、その前の魔王サマもそうだったんだけど、みんなヒトの血だけに目がないから〜」

「……。魔王め」


 吐き捨てるように言う。


 と、ふと勇者はなにかを思いついた。


「……ちょうどいい。死ななかったのであれば……」

「ん?」


 息を長く細く吐きながら、魔人の方に歩く。


 チャキ……


 魔人の首に鈍く光っている物が当てられた。


 ゾクッとした快感が一瞬走るが、それを無理やり頭の中からどかし、気づいていないふりをする。


「答えろ。俺を人間に戻す方法を。言わなければ……」


 『殺す』


 その言葉が、出なかった。

 

 殺す。

 惨たらしく殺す。


 内臓を出して、目を潰して、死体の原型すらも残さずに。いや、家族に送りつけようか、生首を家族に届け、その後そいつらを殺すのも良い。


 皮を剥いで、ツノを折って、爪を剥ぎ取って、意識のあるままジワジワと殺していくのも良い。首を絞めて眺めるのも良い。


 泣き喚いて、血を吐いて、なすすべもないようにして殺したい……!


 鼻から入る血の臭いにさらに敏感になって、濃く感じるようになるのがわかる。


 と同時に頭の中に、今まで考えたこともないような想像が光景と表情、そしてそれをした時に感じるであろう快楽が共に溢れて、今までの思考が飲み込まれそうになった。


「ウッ……。ハァッ……!」

「……あはははっ」


 突然、魔人が僅かに笑った。


 よく澄んだ声。

 聞くだけでその悲鳴を聴きたくなる。


「兄ちゃん。ボクならその後について行けるよ〜。ボクは所詮、魔王の右腕で、命なんてものはないし、殺してもつまらないだろうけど、気に入らなくなったら壊してくれても構わないから。だからボクは兄ちゃんが命じたことを全てする〜」


 ニコニコ無邪気に笑って答えるその声と言葉。

 それに妙な納得を感じる。


 そして、向かう衝動が少しだけ、別の方向に向かう。


 それの方が確かに唆られる。 

 面倒なことは押し付けられるのだから。言い訳すらも考えてくれるだろう。


 いや。

 意味がわからない。気味が悪い。


 相反する気持ちもどこかで生まれている。


 どうしようか。

 頭が絡まって、なにがわからなくなる感覚がひどく不快だ。


 もうなんでもいい。

 殺そうか。


 いや、そんな事をしたら俺は……。


「……断る。今すぐにでも俺を人間に戻す方法を教えて戻せ」


 その返答に、魔人は虚をつかれた顔をした。


「それが、兄ちゃんの望み、かい?」

「ああ」


 言った後に後悔が湧き起こる。


 だが、これはきっと、俺のものではないだろう。

 そうでなければ。


「わかった〜。じゃあ、治す方法知ってそうな人のとこに案内する〜」


 笑顔で言う魔人。

 気味の悪さが倍増する。


「……なぜ?」

「兄ちゃんが望んだから!」


 意味がわからない。


 だが、客観的にみれば都合がいいだろう。

 この魔人の考えなど、どうでもいい。


「……。どこにいる? そいつは」

「魔都だよ〜」


 それを聞いて、勇者が僅かに顔を顰めた。


 いかにも魔人の国の首都という響きである。


「……他にはないのか?」

「あるかもしれないけど、僕は知らないナ〜」

「……」


 剣を仕舞う。


「……わかった。案内しろ」

「しょーち!」


 返事を聞いたあと、勇者は魔人から貰った剣を見つめた。


 短い片刃の、中央が反っている。

 不思議な形だ。


「どーしたの?」

「……。いや」


 どうせ、魔人の物だ。


 その魔人が前を通り過ぎるのを見ながら、衝動を抑えて剣を横につける。

 そして元々つけていた鞘を〈アイテムボックス〉に仕舞う。


 後は情報を知っている魔人に情報を吐かさせるだけだ。


 今前にいる魔人は、少なくとも今は襲うつもりはなさそうである。


 ちょうどいい。


 人間に戻ったら、もう魔王はいなくなる。

 そして魔都というところも知れるのだ。


 諸共魔人を消滅させよう。


 そう考えながら足を進める。


「あ、兄ちゃん。歩いちゃいけないよ〜!」


 それをミカが呼び止めた。

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