ぶりげいど・おぶ・どぉん!

シーラカンス梶原

第1話「はじまり、はじまり」

 この世界は、剣と魔法が絶えず行き交う世界です。

 世の森羅万象を司る属性――光と闇、火と水、土と風。

 それらは神話の中の話ではなく、日常の延長にある力として、人々の暮らしにしっかりと根を張っていました。


 種族もさまざまです。

 人間族をはじめ、エルフ族、獣人族、妖精族、そしてその他の者たちが、同じ大地の上で、それぞれの寿命と価値観を抱えながら生きているのです。

 それは調和と呼ぶには少し騒がしく、混沌と呼ぶには、あまりにも現実的な世界でした。


 ここは、エルディア大陸北西部。

 ルミナス聖教国の一都市、ヴァル=エリオンは、石造りの街並みと白い尖塔が印象的な街です。

 唯一神アウレオスを讃える聖堂が街の中心にあり、朝と夕には祈りの鐘が鳴り響きます。

 商人の声、馬車の軋む音、異なる種族の言語が混じり合い、信仰と生活が無理なく同居している――そんな都市でした。


 そんな街の一角に、ひっそりと佇む冒険者ギルドがあります。

 魔物討伐、護衛、調査、雑用。

 法と教義の隙間を埋めるような仕事を請け負う場所であり、腕と命を切り売りする者たちの溜まり場でもありました。

 併設された酒場は昼間から薄暗く、木製のテーブルには、これまでの歴史を物語るように無数の傷が刻まれています。


「ねえねえ、ちょっとでいいからさぁ……」


 その酒場の一角で、人間族の少女が情けない声を出していました。

 赤い髪を無造作に束ねた、軽装の武闘家姿。

 リオナは、カウンター越しに立つ人間族の中年女性――酒場を切り盛りするおばちゃんに、両手を合わせて頭を下げていたのです。


「今日の分、ほんのちょっとだけまけてくれない? ね? ね?」


「無理に決まってるでしょう」


 即答でした。


「うっ……そこをなんとか……!」


「なんとかならないから言ってるんだよ。昨日も一昨日も“次は払う”って言ってたの、誰だい?」


 言葉に詰まるリオナの肩を、横からすっと引いたのは、エルフ族の青年でした。

 淡い銀色の髪を後ろで束ね、背には弓。

 カイネルは溜息混じりに口を開きます。


「……リオナ、もうやめなって。これ以上みっともない真似をするんじゃない」


「だってお腹空いてるんだもん!」


「それは自業自得でしょうが!」


 二人のやり取りを、のほほんと眺めているのが、テーブルに腰を下ろした獣人族の男でした。

 ヤギの角を持ち、大柄な体に刀を預けています。

 グラッドは杯を傾けながら、穏やかな声で言いました。


「まあまあ。腹が減るのは、生きてる証拠だしなぁ」


「証拠で済めば、苦労しないのよ」


 低い位置から、湿っぽい声が刺さります。

 テーブルの端、椅子の上に立っている小柄な妖精族の少女。

 ミルダは腕を組み、半眼でリオナを睨みました。


「計画性の欠如。金銭感覚の破綻。挙げ句の果てに値切り交渉。恥という概念、知ってる?」


「うるさいなぁ!」


「事実を述べただけよ」


 酒場のおばちゃんは、その様子を見て肩をすくめます。


「……はぁ。今日はパン一つだけだよ。それ以上は出さないからね」


「ほんと!? ありがとう!」


 ぱっと表情を明るくするリオナに、

 カイネルは額を押さえ、ミルダは舌打ちをし、

 グラッドは「助かったなぁ」と、呑気に笑いました。


 四人は冒険者でした。

 それぞれ種族も性格も、力の使い方も違いますが、

 一つの目的のために、この街に集まっていたのです。


 ――より高難度の依頼を受けられる冒険者になること。

 ――名を上げ、金を稼ぎ、生き延びること。


 その目標は、まだ漠然としていて、輪郭も定まってはいません。

 けれど確かに、彼らは同じ方向を向いていました。

 この街から始まる旅が、やがてどんな名で呼ばれるようになるのか。

 今は、誰も知らないのでした。

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2026年1月17日 16:00

ぶりげいど・おぶ・どぉん! シーラカンス梶原 @sirakan_0817

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