第2話 YOU WIN
「遊馬とゲームすんのつまんねー!」
「えっ」
苛立った様子で立ち上がった友達を見上げ、頭が真っ白になる。
目の前のディスプレイに表示されているのは僕の勝利を告げる文字。
スコアは10-0……僕の完勝だ。
友達とは保育園の頃から仲が良かった。
小学校も一緒で、毎日のように話していた。
今日は家でゲームをしようと誘われていて、数人で対戦ゲームをしていた。
そのゲームは僕も家でやっていたもの。
だからみんなと遊べるのを楽しみにしていたのに。
「……ごめん」
こんな気持ちになるなら、ずっと一人でいいと思ったのだ。
■
偶然、蓮水がゲーセンで男に絡まれていたのを助けただけなのに……その蓮水と格ゲーで対戦することになるとは。
というか、本当に蓮水が格ゲーをやるんだな。
キャラ選択画面を眺めながら、筐体越しにそんなことを考える。
やることになったゲームは長らく人気を誇る『CityBattler』シリーズのアーケード版。
俺も家でオンライン対戦をしているから操作は問題ない……のだが。
「おい、リューマが格ゲーやってるぞ!?」
「まじかよ激レアじゃん観戦しようぜ」
「いつぶりだよリューマが格ゲーやんの」
俺が椅子に座るなり、それを見ていた格ゲーマーたちが集まってくる。
目的は俺と蓮水の試合の観戦だろう。
長いことこのゲーセンに通っているからか、いつの間にかハンドルネームが知れ渡っていたのだ。
「……あんた、もしかして有名人?」
「ただの一ゲーマーだよ」
「ただのゲーマーにギャラリーが出来るわけないでしょ」
「邪魔なら散るように言うけど」
「このままでいいわ。見られるのは慣れてるから」
散るように言ってくれた方が個人的には嬉しかったんだけどな。
俺は見られるのに慣れていない。
対する蓮水はアイドル業で慣れっこだろう。
「それよりあなたの名前を教えて。それともハンネで呼んだ方がいい?」
「竜胆遊馬だ。リアネでもハンネでも好きにしてくれ」
「覚えておくわ」
自己紹介すらしていなかったなと、遅まきながら思い出す。
ピッ、ピッ、ピッと迫るキャラ選択のタイマー。
残り三秒で持ちキャラを選択し、画面が切り替わる。
「ドラゴかぁ。スタンダードね」
「そっちは
「使い甲斐があるでしょ?」
「プレイスタイルは人それぞれだ」
一言で表せば俺が万能型で蓮水が特化型。
キャラ相性はほぼ互角。
プレイヤーの腕次第、スキルマッチとされていたはずだ。
俺のドラゴは突出した性能がない代わりに、攻守ともに高い平均値を誇るオールラウンダー。
牽制に使える弾技もあり、発生の隙内技やコンボにつなげやすい技が揃っている。
コマ投げはないけど、ないものねだりをしても仕方ない。
対する蓮水の凛風はドラゴよりも動きが速い代わりに受けが弱いオールラウンダー。
素早いコンボを得意とし、常に攻めることを要求されるため、プレイヤーの技巧と判断が要求される。
個人的には苦手なキャラだな。
それよりも、今はゲームに集中しなければ。
家ならともかく、ここはゲーセン。
人の目もあるし、なにより対面でゲームをするのが苦手だ。
いっそ手を抜いて、蓮水に負けるのも――
「竜胆くん、手加減はなしよ。全力でやって」
俺の思考を読んだかのように、蓮水が釘を刺してくる。
「……本当にいいのか?」
「手加減してる人に勝っても嬉しくないわ。煽られている気さえするわね。第一、ゲームで手を抜くって何? 遊びだからって思うのは勝手だけど、対戦相手にまでその価値観を押し付けないで……って言うのも押し付けになっちゃうのかしら」
ハラスメントハラスメントみたいな話だな。
……ともかく、そういうことなら手加減はしない方向で。
スティックとボタンに手をかけた。
軽く動作を確かめる。
違和感はない。
息を吸って、細く吐き出す。
意識を集中の海に沈め、画面の映像と音だけを取り込む。
二本先取のオーソドックスな試合形式。
一戦までは負けてもいいけど、落とす気はない。
画面が切り替わり、互いのキャラが左右に。
試合開始のカウントが始まり――試合開始。
瞬間、距離を詰めて攻勢をかける。
蓮水の凛風は攻め続けたいタイプ。
その出鼻を挫くことで俺が試合のペースを握る作戦だ。
しかし、蓮水が選んだのも攻勢。
攻めのペースを取りたいのは俺よりも蓮水だ。
そういう戦法になるのも理解できる。
迫ってくる凛風へ発生が一番早い下段技を置く。
反応されるか見極め……入った。
ヒット確認の後にコンボを繋げ、凛風の体力を四分の一ほど削る。
筐体で格ゲーをやるのは久しぶりだけど、なんとかミスはしなかった。
初手でペースを握った俺がそのまま凛風のHPを削り切り、一本目。
「強いわね。口だけじゃないみたい」
「そっちこそ。油断したらもっていかれそうだ」
「もう負けない。二本取って勝つから」
筐体越しの、顔を合わせない会話。
純粋に勝利を追い求めるゲーマーの性を蓮水から感じる。
そのまま始まった二本目。
必殺技のゲージが引き継ぎなため、そこも警戒しなければならない。
今回はラウンド開始直後から攻めるのではなく、様子見を選択。
前ラウンドで攻めっ気を意識させたから警戒されると考えてのこと。
読み通りに蓮水は俺の攻めを警戒して距離を取っていた。
弾技でタイミングを計り、たまらず前ジャンプで距離を詰めてきた凛風をすかさず対空技で迎撃。
嫌われがちな待ちプレイになってしまったが、勝ちに徹するならば必要な行動だ。
しかし蓮水もやられっぱなしではなかった。
弾技を抜けて懐に入られ、素早いコンボが叩き込まれる。
目に見えて減るHP。
立て直そうと起き上がった俺へ蓮水が二択を突きつけ、外れを引く。
再び蓮水にターンが回り、コンボの締めに必殺技まで使われHPが二割を切る。
弱めのコンボか投げが一つでも入ればラウンドを取られてしまう。
一戦目と打って変わって蓮水のペースだ。
読み合いで負けた結果だから仕方ない。
必殺技の演出が終わり、頭を切り替える。
ここからペースを取り戻せば――と思っていたが、またしても起き上がりの読み合いに負けて蓮水がラウンドを取りきった。
一本も取らせないつもりだったんだけどな。
蓮水の力量を過小評価していたつもりはない。
肌感的に、実力は俺が若干上だと思う。
けれど、その差も嚙み合わせで埋まる程度に過ぎない。
まあ、三本目を取ればいい。
蓮水は必殺技を使ってゲージを消費したため、俺の方がリソース有利ではある。
「もう一本取るわよ」
息巻く蓮水へ、俺は答えない。
深呼吸で気持ちをリセット、三本目へ臨む。
一本目は攻め、二本目は様子見をした。
植え付けた攻めのイメージは二本目のラウンド奪取で払拭されただろう。
メンタル的な状況はフラット……いや、蓮水が微有利か。
ゲージ有利があるとはいえ、勝ちの流れを掴まれるとまずい。
そして恐らく、蓮水は勝ちで調子を上げていくタイプに見える。
と、なれば。
三本目、最終ラウンドが始まる。
俺が取った行動は一本目と同じ最速での詰め。
まずは蓮水からテンポを奪う。
しかし、蓮水は俺の攻めを予測していたのだろう。
前後にファジーし、俺が技を振るのを誘っていた。
俺もリスクリターンを考え、大技は振らない。
隙の少ない小技でなんとかガードをかいくぐれないか画策するも、全て防がれてしまった。
攻めの強いキャラで守りも硬いとなると、本当に手のつけようがない。
攻めるのは難しいと判断し、カウンターを念頭に置いて距離を開ける。
攻撃の手が緩む一瞬。
仕掛けた釣り針は細かったが、即座に詰め寄った凛風がドラゴへ技を振り――
「かかった」
凛風の技を見てからコマンド入力。
カットインが入り、凛風の技を無効化して大ダメージを与えた。
こういう時のパナシは警戒が緩むよなあ?
吹き飛ばされた凛風へ起き攻めを仕掛けるべく距離を詰める。
俺に分があるじゃんけんの時間だ。
ギリギリまで蓮水がどう動くかを見てから、通る可能性の高い攻撃を選ぶ。
暴れにはガードを、ガードには投げを、投げにはバックステップを。
ここにきて俺の読みが冴え渡る。
蓮水の反撃を全ていなし、確実にHPを削っていく。
そして――ジャンプで抜け出そうとした凛風へ対空をお見舞いし、HPが全損。
『YOU WIN』
俺の勝利を報せる文字が画面に踊ったところで、溜めていた息が緊張と共に零れた。
なんとか勝てたが、何度も危ういシーンがあった。
どこか一つでも歯車が違えれば蓮水が勝っていてもおかしくない。
それほどに薄氷の上の勝利だった。
「……何とか勝てたか」
遅れて俺たちを囲んでいたギャラリーの歓声が聞こえてくる。
あの男より強いなどとうそぶいて、もしも負けていたら情けない。
なんとか面子は保たれたと思っていいだろう。
けれど、それはゲーマーとしての話。
俺は蓮水に勝った。
勝ってしまった。
『遊馬とゲームすんのつまんねー!』
頭の中であの日の記憶がリフレインする。
蓮水と彼が無関係なのはわかっているつもりだ。
それでも、またそうなるのではと脳裏をよぎり、喉の奥に嫌な閉塞感を感じてしまう。
オンラインなら勝ち抜けで言葉を介することもない。
でも、ここはオフライン。
筐体を挟んだ向こう側に蓮水がいるわけで。
どんな反応をされるのか、考えるのすら怖い。
いっそ黙って立ち去ろうかと考えたところで、椅子を引く音が聞こえた。
軽い足音。
それが俺のすぐ隣でピタリと止まって。
「もう一戦よッ!!」
想定していなかった言葉を投げかけられ、拍子抜けしながら蓮水を見返す。
すると、心底悔しそうにまなじりを吊り上げ、俺を真っすぐに見据える蓮水の姿があって。
そこにあるべき諦観や嫌悪は微塵もなく、感じるのは悔しさと熱意ばかり。
「……俺と対戦してつまらなくなかったのか?」
「はぁっ!? 何それ私のこと煽ってるの!? 一回勝ったからっていい気にならないで! 次は私が勝つ!! 絶対勝つ!!」
らしくなく声を荒げ、子どものように再戦を望む蓮水。
元アイドルで、住む世界が違う人間だと思っていたのに、蓮水が浮べるのは俺も良く知るゲーマーの顔。
勝手にレッテルを張っていたのは認めよう。
とはいえ、ここまでとは思っていなかった。
それ以上に……もう一度ゲームを一緒にしたいと思ってくれたことが、自分でも驚くくらい嬉しくて。
「今日は終わりだ。音ゲーして帰る」
「勝ち逃げするつもり!?」
「1クレって約束だろ」
「……っ! …………そう、ね。約束は、守らないと」
素っ気なく返すと蓮水も冷静さを取り戻したのか、気まずそうに目を逸らす。
「また明日ならいいぞ」
「明日……?」
「蓮水と対戦するのが嫌とは言ってない。今日は1クレだけってだけだ。もちろん蓮水が嫌なら来なくていいけど」
「……当然行くわよ! 逃げるわけないでしょ!? 明日は絶対勝つんだから!」
軽く煽ってみればこの通り。
元気を取り戻した蓮水がスクールバッグを拾い上げ、立ち去って行く。
流れで再戦の約束してしまったけど、不思議と不快感はない。
トラウマが払拭されたのか、相手が蓮水だからなのか。
「……ま、なるようになるか」
結局のところ、俺も蓮水も負けず嫌いなゲーマー。
明日も勝とうと心に決めて、音ゲーコーナーへ向かうのだった。
―――
主は格ゲー激浅なので高レート様的に「これ違うよな?」があっても生暖かい目で見逃してくれると助かります。
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