短編 くぎりぼっくす

じゃじゃうまさん

黒チューリップ


「君は黒いチューリップを視認たことがあるかい?」

「あります。」

「え?」


「黒いチューリップ。見たことありますけど。もしかして、生物学的にはない…みたな?」

「いや、そうじゃないけども。黒い、濃い灰色のチューリップはちゃんとある。…じゃなくて、僕がしているのは、僕がしているお話は、チューリップのお話だ。」

「……の定義によります。」


僕は少し定義を考える。


「…展歌書には、その花は、黒と言うには黒すぎる。白とは口が裂けても言えない。目が焦げるほどの漆黒、それが黒いチューリップ…とのこと。」

「目が焦げるほどの、漆黒。…それ、私が見てたら今頃目見えてないですよね。」

「それはそうだけども。」

「…なんで急に?」


僕はそっと、座る姿勢を変え、舞ちゃんの方を向き直る。

帽子を深くかぶり、前を見る。


「最近、黒いチューリップに魅入られる人が絶えない。」

「…その黒いチューリップって妖怪なんですか?鈴木さんの好きな。」

「僕は別に妖怪が好きなわけじゃないんだけど…」


妖怪は好きではない。

居るから狩るのである。

まぁ、舞ちゃんには自分の妖怪話を嬉しそうに話しているから、そう思われてもしょうがない。


「簡単に言うと何も見えなくなる人が多いってことだ。病気とか、そんなんじゃなく。人が多いんだよ。」

「…目が、焦げる?」

その人たちは口をそろえて言う。」


と。


「黒いチューリップ、目が焦げるほど、真っ黒。」



「はい、わかりました。」


あっさりと、まるで浅漬けのような浅い返事をされる。

浅い返事とか、浅漬けのようなとか言うと、後で舞ちゃんに怒られるかもしれない。

カラッと、唐揚げのような重い返事と言っておこう。


翌日。

僕の事務所に二人の女子高生がやって来た。

一人は元気そうな女の子。

もう一人は、目を包帯で覆っている。

どちらも舞ちゃんと同じ制服を着ている、中学生だろうか?


「…あの、先輩に聞いてきたんですけど…」

「その先輩は、黒金 舞ちゃんのことかな?」


包帯の子は頷く。


「この子…霜苛図しもいらず 添加てんか、添加は、私の同級生です。添加が言うには、って…。」


彼女は、のちに知ることになるが、その子の名前は城紀 小冬というらしい。

小冬ちゃんは、そう説明した。

添加ちゃんの背中をさすりながら、彼女を落ち着かせる小冬ちゃん。


「…できればでいいが、添加ちゃん。君のその包帯を外してくれないかい?」


椅子に座る二人に視線を向け、そっと発言する。

この時の発言を、僕は後悔しているわけではない。

だが、彼女は、彼女がは、今まで見ていた誰よりひどいものであった。


「…どうぞ」


包帯をとると、

目がない、というしかない、としか言えない。

言い得ない。

本来目があるであろう空間が、文字通り空間となっていた。

正しく言うなら空洞かもしれない。

暗闇が、その空洞に広がっていた。

目元あたりの硬くなった皮膚、黒く変形した形。

彼女には今、


「…黒いチューリップを視認て、焼けたのかい?」

「…はい。」

でも…、と。

ワンテンポ遅れてから、添加ちゃんはつぶやく。


「でも?」

「…

「…え?」

「黒いチューリップを視認たのは、覚えてます。でも、


2人の不可思議な様子が、その歪さを物語っていた。


も、も、わかんないんです。気が付いてたらこうなってたと言うか…」

というより、と。

「…大切な何かがあったはずなんです。でも、それしかわからないというか…」

「…まるで、、みたいな。」


奇妙なことを言いながら、頭を両手で抱える添加ちゃん。

訳も分からない空気を、僕たちを包み込んでいる。

そんな中、そんなときも、そんなものでも。

小雪ちゃんはたたずんでいた。




簡単ではない、話だった。

今現在、添加ちゃんは行方不明になっている。

行方不明というより、誰の記憶にもいない、と言う方が正しい。

城紀ちゃんも、舞ちゃんに聞いても、そんな子は知らないと言う。

それではまるで。

このままではまるで。

添加ちゃんの言う通りではないのか。


…だっけ。はぁ。」


誰もいない事務所で、一人息をする。

コーヒーを口に運び、飲み込む。

黒い苦みと赤い太陽が、夕方の現在を知らせる。


霜苛図添加の居場所を、知る者はいない。

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