我ら清浄歓喜団(with 炒飯)(後編)

「では、そろそろ入式といきましょうか」


 香里特製の海老チャーハンを食べた後、うるしりを思わせる黒箱を開ける。中に入っていたのは、個包装された『せいじょうかんだん』だ。


「おーい香里、食べようってー」


「んZzz……ぐすっ……」


 昔から酒好きなくせに酒に弱い。チャーハン食べて、チューハイ空けて、チョー泣きした後は眠ってしまった。こうなるとしばらく起きない。


 今度、ちゃんとしたお店に連れてって日本酒でも飲ませてあげよう。よく眠るがいい、いい香里。


 私はとりあえず先にすることにした。個包装を開けた。


 ではいただきます。ここからは真剣だ。


 まず香るのは、ちまたでいわれるような線香とかの匂いではない。圧倒的な胡麻の香りだ。

 

 胡麻油で揚げているとのことだが、これはカタカナのではなく漢字のだ。いい意味での浮つきがない、さすがは千年の重みというべきか。「香ばしい」という言葉の意味を再認識する。


 見た目はナガノ氏の漫画で出てくる『もちきんちゃく』とか、よしんば何かの悪魔の実みたいなのに、中々どうして堂に入っている。それに触ればわかるが、実に硬い。見た目に騙されないことだ、実に質実剛健な食べ物だ。由緒正しきを感じる、奈良みがある。


「どれ……」


 そして口に入れようとするのだが、ここでまず手が止まる。


 いや、歯が止まる。どこから噛めばいいんだ? 少し迷う構造だ。


 上の結び目の部分を丸かじりしようとしたのだが、この硬さではまず無理だ。それに結び目の部分が絶妙にこうがいに当たり、無茶をすれば口内の皮が裂ける。私はしばらく入り口を探した。入団届はどこに出せば……。


(いや、上ではなく下だ。この底の部分だ)


 恐らくあんが詰まってるの部分、ここが一番皮が薄い。ここだ、ここが入口だ。


 私はそこに指を押し当て、慎重に割る。するとこう、「パキンッ」って感じじゃなくて「ニュググ……」っていう割れ方をした。あぁ、たぶん失敗だ。まだ退団にしないでくれ、歓喜天様。


 中にはあんこが入っているが、この時点ではまだお香の匂いよりも胡麻の方がずっと強い。正直、噂ほど強烈な食べ物ではないんじゃないか。私はそう思い始めていた。


 少々不格好になってしまったが、硬い皮とあんの部分を口に入れた。すると───


(ひょええええーっ!)


「……ってことにはならない。素朴だなぁ」


 正直、偏見があった。仏壇とか線香の匂いっていうから、身構えてはいた。


 だけどこれは、洗練された上品な一品だ。総じて美味しい。美味いじゃなくて美味しい。この美味しさは三つの核から成り立っている。


 一つは言わずもがな、このお香だ。びゃくだんやニッキなど七種類のスパイスが調合されており、とにかく香り高い。口から鼻に抜けるたびに清涼感が広がる。


 無論、この香りを表現するのに線香とか仏壇というのも納得だ。味覚と同様、嗅覚も人の主観で成り立つ感覚だ。嫌う人も当然いるだろう。だが私は気に入った。少なくともこの香りでいえるのは、主張に激しさは一切なくどこまでも上品だ。シナモンが好きな人は好きだと思う。


 次に二つ目は、最初からずっといる胡麻油。食べる前はとにかく香ばしいが、食べた後はお香の香りと混ざって溶け合う。いや、もう少し詳しく説明するとそうなるのは飲み込んだ後だ。この二つの香りは食べた直後、口の中ではまだそれぞれにのである。


 この硬い皮は、何度か嚙まなければ飲み込めない。だから口中の滞在時間が長いのだ。食べる前も後も、この胡麻の香りは常に嗅覚をマスキングする。そこにお香入りの柔らかいあんが先に舌の奥まで行き、後から清涼感が足される。


 その結果、両者は補完し合う。重みのある胡麻の香ばしさに、軽い白檀たちの香りが抜ける。これは味覚のみならず、嗅覚で楽しむお菓子なのだと気付きを得る。


 そして三つ目に、このこしあんだ。小豆あずきそのものの甘さだ。砂糖は恐らく最小限にしてある。日頃より口にするあんこはいい意味で気安さがあり、あんパンやたい焼きなどで廉価に楽しんでいる。それを否定するものではない。


 だが、このこしあんにはワンランク上の気品がある。素朴な甘味ながら、そこに物足りなさはない。前述した二つの香りがあるからだ。それにこのあんにおいて特筆すべきは味覚でも嗅覚でもない、触覚である。つまるところ舌触りだ。


 こしあんを漢字で書けば「し餡」となる。濾しているのだ、これは。それもかなり丁重に、それでいて徹底的に。マーガリンかと思えるほどの滑らかさだ。


 ここに織られた数々のお香が香り立つのがよくわかる。お香があんの中に閉じ込められたまま喉元を過ぎることがない。すべて解き放たれて、食べた者のくうの中に捧げられるのだ。この三つの要素のバランスで、『清浄歓喜団』は成り立っている。千年間保たれてきた、奇跡のようなバランスだ。


「なんという結力か……」


 ごちそうさまでした。これにて入団式もとい、退団式を終える。実に美味なお菓子だった。


「おーい、起きろって香里。美味しいお菓子あるぞー」


「ぐすっ、清浄な男いねぇのかよぉ。あたしだって歓喜してぇよぉ……」


 私は香里に上着をかけてやり、一人で2度目の入団式を始める。説明書きを見ると、軽く焼くとさらに香りが立つらしい。


「どれ、しょうがない。私がやってやるか……」


 オーブンを借りて、香里の分も一緒に『歓喜団』を焼いてやった。


 ついでにコンロの火で、その不浄なる男の写真も焼いてやった。


「くすん、くすん……」


 香里はリビングでまた泣き始めた。



 🍚 🍜 🍛 🥪 ☕ 🍗 🌭 🍹 🍡 🥗 🍔 🍣 🥞 🍦 🍮 🍺



「先輩、本当にありがとうございました! おかげでできました!」


「またベタな……名誉挽回ね」


 はるちゃんの再プレゼンは上手くいった。これで万事、事なきを得たのだった。


「ところで、あれどうでした? 『清浄歓喜団』」


「すごい美味しかったよ。でも調べたら中々な値段だったねぇ。相手の会社に行く時のお土産、もう少し下げてもいいよ。毎回あれだとハードル上がっちゃうよ」


「あはは、ですよねぇ。京都から取り寄せるのも大変ですし、次からそうします」


 若干涙が浮かんでいる。きっと今日のプレゼンまで、ずっと不安だったのだろう。私も香里も通った道だ、よくわかる。


「ところで先輩、今日この後って時間ありますか? チャーハン食べません?」


「いいけど、私けっこう食べるよ。大丈夫?」


「大丈夫です! あたしが奢りますから!」


「ありがとうございます、団長」


「団長?」

 

 ところがいざ……という時にはるちゃんの電話が鳴った。嫌な予感がしたのは私だけだった。


「あっ、うん、あたし。どうかした? えっ、本当に? うん、大丈夫! じゃあ今から行くね、ありがとー大好き! じゃあねユウくん、またねー!」


 電話は切れた。その顔はキラっキラの破顔一笑だった。


「すいません先輩! ちょっと彼氏がご飯行こうってことなんで、そっちに行かないとです! ごめんなさい、チャーハンはまた今度に……!」


「構わん構わん、じゃあまた今度ね……」


「ありがとうございましたっ! それじゃっ!」


 はるちゃんはスキップしながら帰って行った。歓喜の舞いだ、彼女の世界は清浄だ。いつか、私たちも通った世界だ。


「がんばれよ、団長……」


 この不浄な世界で、悲哀に泣くのは私たちだけで充分だ。


「もしもし香里? 今から一緒にチャーハン行かん?」


 今夜も悲しき団結式だ。


 冬の風はどこまでも清浄で、つぅと涙を誘うほどに冷たかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る