美味レイさん ~美口未礼の徒然グルメ~

浦松夕介

我ら清浄歓喜団(with 炒飯)(前編)

「ぐすっ、先輩すいません……」


「いいからいいから、気にしない。あ、もう8時だけど大丈夫?」


「ぐすん、大丈夫です……」


 今年新卒のはるちゃんがべそをかきながらパソコンを打っている。私は私でそれを後ろからチェックしている。部署内で残っているのは私とはるちゃんだけだった。


 今日は得意先で新企画のプレゼンがあり、私は総務部からの出向という形で参加していた。大本の企画案は営業部が立案し、私がそれを追認する形だった。


 ところがいざプレゼンという時に、はるちゃんは大ポカした。先方に配布するべき資料を、別の企画の資料と間違えて持って来てしまったのだ。


 さぁスライドショーで今から……というタイミングで先方から指摘が入り、はるちゃんは顔面蒼白になった。


「本当にごめんなさい。先輩に頭下げさせてしまって……」


「軽い頭だからねぇ。それより来週の再プレゼンのことだけ考えようって。そこで取り返せばいいだけだし。なんならあと一週間、ブラッシュアップできる時間ができたってことでいいんじゃない」


「レイ先輩ぃ……!」 


「ほら、そこの修正やったら今日は終わりね。それでいい?」


「大丈夫です……!」


 はるちゃんの口癖である。大丈夫じゃない時も「大丈夫です!」が口癖だ。


 みんな、大変なんだよな。


 窓の外のビル群の光を見て、私は心の中でため息をついた。



 🍚 🍜 🍛 🥪 ☕ 🍗 🌭 🍹 🍡 🥗 🍔 🍣 🥞 🍦 🍮 🍺



 会社の外に出ると、吐息が白くなった。はるちゃんは今日50回目ぐらいの謝罪をした。


「ごめんなさい先輩、他部署なのにここまでしてもらって。営業部ウチの先輩たちも、いろんなかけもちしながらやってて忙しくて……」


「構わん構わん。それよりお腹減ってないはるちゃん? どっかでご飯行かない? もしよかったら……」


「あ、じゃあ今日はあたしに奢らせてください! 美味しいチャーハン知ってますからっ!」


「ほぉ……」


 チャーハンか。海老かカニ叉焼チャーシューか。はたまた五目かキムチかあんかけか。いずれにしても筋がいい選択チョイスではないか。


 ではご厚意に甘えることにしよう。とどのつまり人の金で食う美味い飯は2パターン、寿司か寿司以外。今日みたいな寒い日はあんかけの気分ぞ。


 ところがいざ……という時にはるちゃんの電話が鳴った。嫌な予感がしたのは私だけではない、はるちゃんもだった。


「あっ、はい、お世話になっております、はい小春です……えっ、本当ですか? すみません、すみません!」


 51回目、52回目、頭を下げる。電話を切ったはるちゃんは私に53回目の謝罪をした。


「すいません先輩! あたし、今日が締め切りの資料をまだ送ってなくて、忘れちゃってて! ちょっと今から送ってきます!」


「いいよ、じゃあ一緒に行こう。私も手伝うよ」


「いえいえいえ、そこまでは大丈夫ですから! あたしのミスですから、そこまではしないでください!」


 はるちゃんは泣きそうになっている。私はそれを見て引き下がることにした。


 こういう時、むしろ一人になりたいだろう。仕事自体はメール一本送れば済む話だが、それ以上に辛いのは自分の不甲斐なさや、上手くいかなさなのだ。私もまぁ何度か通った道だ。


「じゃあご飯はまたにしようか。今度、そのチャーハンの店教えてよ」


「本っ当にすみません! それであの、何の御礼にも謝罪にもならないんですが、これを……!」


 さっきから持っていた紙袋を、はるちゃんは私に渡してきた。何やら京都のお菓子とのことだった。


「本当は今日、得意先に渡すはずだったんです。良ければ先輩がもらってください、『せいじょうかんだん』っていうお菓子です! 向こうの担当の人が好きらしくて……」


「へぇ、じゃあいただこうかな」


「ごめんなさい先輩! 今日は本当に……!」


「はるちゃん、私がもらったら嬉しいものって知ってる?」


「え……?」


 はるちゃんがまた泣きそうになる。


 いかん、ちょっとカッコつけようとしたらすぐ高圧的な感じになっちまう。今後気を付けよう。そう反省しながら私は言った。


「ごめんなさいより、ありがとうの方が気持ちいいんだよねぇ。お互いに」


「あ……今日はありがとうございました、レイ先輩!」


 はるちゃんは会社に戻って行った。私はお菓子の紙袋を持って、ため息をついた。


(30越えたら、嫌でも威厳が付き始めるのか。会社員って生き物は……)


 ぐちれい、31歳。総務部係長。


 清浄でも歓喜でもあらず。



 🍚 🍜 🍛 🥪 ☕ 🍗 🌭 🍹 🍡 🥗 🍔 🍣 🥞 🍦 🍮 🍺



 実は噂で聞いたことはある。このお菓子の素性について。


 なんでも、1000年前の奈良時代からあるお菓子らしい。仏教と一緒に大陸から日本に渡ってきたものなんだとか。奈良時代ってよ、奈良時代。行ったことある? 私はない。


 名前の「歓喜」っていうのは「歓喜天」のことで、ガネーシャのことをいうらしい。そのガネーシャの好物がこれで、お供え物にもするんだとか。いつか私も、起きた時に関西弁のガネーシャがいたらこれあげよう。夢を叶えてくれるかもしれない。


 味についてというか中身については、びゃくだんとかニッキのお香をあんに混ぜて、それを皮に包んで油で堅揚げする。中には「食べる線香」なんていう人もいて、やはりかなり独特な味わいらしい。


「だってよ、香里ちゃん」


「あのさぁ、手伝ってくんない? スマホとテレビばっか見てないでさぁ」


 あの後、私は品川の香里のマンションに上がり込んだ。だってこの『清浄歓喜団』、20個入りだよ。一人で消費しきれないよ。


「で? 海老チャーハンでいいの?」


「お願いしまーす」


「いい気なもんだよ。大学ん時から変わんないね、あんたは」


「香里ー、この写真立ての男誰ー?」


「あぁそうそう、それ破り捨てて燃やして便所に流していいよ。とんだクソ男だった」


じょうあいだん


「不味そう。てか不味かったわ」


「何されたん?」


さんまたん」


「不浄やねぇ」


「悲哀だねぇ……って何言わせんだ。もう吹っ切れたわ」


「別れたのいつ?」


「え? たしか2週間前だったかな」


「じゃあそれからずーっと飾ってたんだ、この写真」


「追い出すぞ」


「すみません」


 ドンと、香り立つ海老チャーハンが置かれた。

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