第2話
毎年、ローリエさんがローリエをもらいに来た翌朝は、ほんの少しだけ準備が早くなる。
(今日は、くれるかな。あのシチュー)
心の中には、毎年恒例の淡い期待。
玄関のドアを開けた瞬間、そこに立っていたのはローリエさんだった。
淡い色のマフラー。やさしい目元。冬の朝に似合う、静かな気配。
「すみません、これを」
そう言って差し出されたのは、やわらかいクリーム色の保存容器。
毎年変わらないその色を見ると、「ああ、冬が来たんだな」と実感する。
指先が少しだけ熱くなる。
寒さのせいじゃなくて。
「ありがとう。毎回……本当に嬉しい」
「お礼のつもりです。昨日いただいたローリエ、すぐ使いたくて」
「何作ったの?」
「シチューです。ちょっと変わった作り方なんですけど」
ふっと微笑んだその表情に、胸の真ん中がふわっとあたたかくなる。
「よかったら、味見してもらえませんか?」
「……もちろん」
答えた自分の声が、思ったよりも弾んでいて少し恥ずかしい。
玄関先で保存容器の
ローリエとバターの香りが混ざり合い、冬の空気をあたたかく塗り替えていく。
ローリエさんはその香りを、静かに受け止めていた。
「どうぞ」
差し出されたスプーンを受け取り、ひと口すくって口に入れる。
まろやかで、やさしくて、凍えていた朝がゆっくりとほどけていくような味。
思わず笑みがこぼれた。
「どうですか?」
「おいしい。ほんとに。あなたの料理、すごい」
ローリエさんはマフラーに顔をうずめて、小さく息を
「よかった。失敗してなくて……ほっとしました」
「もっと食べてみたいな、あなたの料理」
言ってから、しまったと胸が跳ねる。
ちょっと踏み込みすぎたかもしれない。
けれどローリエさんは、驚いたように瞬きをしてから、静かに笑った。
「……じゃあ、今度。よかったら一緒に作りましょう」
「えっ」
「ローリエをもらいに来るばかりじゃ悪いので。たまには恩返しを」
庭の隅で舞う薄い雪片よりもずっと静かで、やさしい声だった。
胸の奥がきゅっと縮んで、それからじんわりあたたまっていく。
「うん、楽しみにしてる」
つぶやいたその言葉は、冬の空へすっと溶けていった。
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