境界のまなざし -5-
以前から何度か顔を腫らしたまま、園へ行っていたので職員も慣れて特に驚かれるわけでもなく、しかし子供からはいつも不気味がられていた。
私としてはこんな状態で園には行きたくなかったのだが、家に居ても園の方から男へ連絡が行ってバレるので行かざるを選なかった。
一度園に行くふりして家を出てから園に行かずに家にいたらすぐに男に連絡が行き、出かけていた男はすぐに帰宅。当然私は見つかり折檻コース。
頭を殴られ、顔を叩かれ、そのまま浴室へ連れて行かれそのまま浴槽へ沈められ…。
思い返せばこの頃は水の入った浴槽に沈められることが多かったように思う。どうせあまり私を殴ると跡が大きく残ってしまうのとかの男の小賢しい考えだろう。
浴槽には急に投げ込まれるので息を止める間も無く水の中に身体が沈んでいく。ひどく粘着質な水が鼻から、口から入って来て私の呼吸を邪魔する。
驚いて水面へ顔を出したいが上下の感覚を失い水中で藻掻く。
うまく顔を水面に上げれてもすぐに頭を掴まれそのまま水の中へ押し付けられる。
水は気管に居座り喉が締め付ける。耳にも水が入ってきて耳鳴りがひどくなる。
それでも呼吸をしたくて藻掻くが出てくるのは残った空気の泡ばかりで余計肺の空気はなくなる。鼻の奥がツンとし始め、視界に星が散り歪む。身体も重くなり言うことを聞かなくなってくる。
ぐったりし始めた私を時々男は水面へ引き上げるがそんな状態でロクに呼吸も出来るはずがなくうまく酸素を身体に取り込めないまま、また沈められる。
意識も朦朧となった所で私は洗い場の方へ引き上げられる。力も入らずゲロを履きながら横たわる私。
ゲロで呼吸を邪魔されながらそれでもなんとか呼吸をしようと足掻く私を見下ろす男の眼は私が生きてるかどうかの確認程度の意味合いしか物語ってなかった。
それは「命」を見る目ではなかった。
こういう事が何度も続くと流石に水がトラウマになり、私は保育園時代はずっとプールに入れなかったし、小学生になってからも頭から水を掛けて頭を洗う、頭を流すということができなった。パニック発作を起こさなかっただけでも褒めて欲しい。
そういう事が日常になってくると、もはや私は何事も起こらないよう主張せず、周りを伺い、人の顔を見て機嫌を伺い、空気を読み決して近寄らず、事なかれと目立たないよう、他人に紛れるよう行動するようになった。そう、卑屈になっていった。
子どもとの喧嘩に負け、男にボコボコにされた翌日は顔を腫らしながら行きたくない気持ちを引きずりながら園へ行く。
歯が刺さって切れた頬の内側が痛い。ついでに登園途中にすれ違う通行人のぎょっとする目線も痛い。私は隠せるわけでもない帽子を深く被り顔を隠して歩く。
ボコボコになった私の姿を見た職員たちは前日の喧嘩の後遺症かとしばらくザワザワするが男がしたことだとわかると安心したのか皆、察したように通常業務へ戻っていく。
私と喧嘩した子も居たが、私の姿を見ると気味悪かったのか二度と私に突っかかって来ることはなかった。
そして私は薄々感づいていた事を分からせられる。
誰しもが自分の身がかわいい。この園も例外なく私の味方は誰も居なかった。
いや、初めからココには私の味方は居なかった。
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