②いま停電起きたら絶対詰むよなって瞬間、都会だと多いよね。

「Windowsといえば⋯窓から出るのは?」


 肩を落としていた俺は、那須田に投げてみた。


「⋯窓なぁ、ここ5階なんだよなあ」


「落ちたらジエンド?」


「カモ。紐的なものも無いし」


「だよな。陽も落ちて来たから時間かかると、足元が暗くて、見えないとか怖さしかない⋯」


 言うと那須田はハンディファンを取り出して、俺に基礎英語の教科書を渡してきた。


「電気が復旧するか、守衛が気づくまで。お前、英語でも勉強してれば?」


「⋯⋯ぐぅ」


「だって一昨日さ、当てられて答えられなかったの、マジで笑えなかった⋯」


 交互にファンの風を送ってくれる那須田。


 なかなかに心配してくれていたようだ。


「⋯⋯お前は特待生、だもんな」


「おう、スポンサー、母さんしか居ないの」


 入学前のオリエンテーションで仲良くなった那須田。


 入学式で話した彼の母親に、


「片親だから偏屈なところがあるかも知れないけど、ヨロシクね」


 と頼まれていた。


(べつに、偏屈じゃないです、よ。ぶっきらぼうな、だけで)


 教科書をペラペラとめくる。


 入試で叩き込んだはずの単語たちは、最早何処かへ飛び去っていた。


「えっと。今の時代さ、自動翻訳サイトに打ち込んで、さ」


「それだと、ビジネスの場では英語企業に舐められるらしいよ。サッと返事ができない相手は格下にみられるし、強気の要求飲まされるんだって」


「飲まなきゃ良いじゃん」


「ある程度は飲まなきゃ。何も、得られないから⋯お前、仕事なのに、駄目でしたで終わらせられる?」


「え、向こうが歩み寄ってくれなきゃ、無理じゃない?」


 那須田は少し肩をすくめる。


「向こうのせいにして、そのまんま出世できる会社に入れれば良いな。まあ存在するなら、だけど?」


「意地悪、だな?」


「世間の厳しさを、だな」


「⋯⋯そう言うのは、父さん達からだけで良いよ⋯」


 本当は、高卒で地元の信用金庫に就職するつもりだった。


 部活の仲の良い先輩が誘ってくれていたから、そのまんまゆるい面談だけで入れそうだったのに⋯。


「信用金庫なんぞ、貧乏人の尻拭いにしかならん」


と、父も母もどうしても首を縦に振らなかった。



「まあ、別に信用金庫でやりたいことがあったわけじゃないからな⋯いんだけど。先輩に悪いことしたな、って」


 那須田は俺の話を聞きながら、ドアノブのネジが外れる箇所がないか探っていた。


「⋯⋯なら良かったんじゃないか。金融なんて潔癖な職場、雑なお前は向いてないし、何より向かいたい方向をボンヤリさせたまま出世できるところでも無いだろ」


「でも…何処もそう、なんだろ?」


「…さあ?」


 陽が完全に落ちた。


 外からの光が落ち、停電の街は暗闇に包まれる。





***





「⋯⋯あちいな」


 那須田は立ち上がると、窓を開ける。


 一つ、二つと開けるうちに空気が循環して、部屋の倦怠した空気が押し出されていく。 


「汗かいてるから、風があるだけて全然違うな⋯」

上着をパタパタさせながら外を覗き込む。


 俺も横に並ぶと、階下から学務の人間が隣の棟へ入っていくのが見えた。


「おおおーい!!」


 那須田が大声をあげる。


 学務の人間が後戻りしてきて、こちらを懐中電灯で照らすと、手で制してから、この棟へ入っていく。


「諦めなきゃ、さ。声を上げ続ければ⋯良いんだよ。ベストを尽くしたのに、って泣きついたら、案外、誰か助けてくれるかも知んないんだから」


「人頼み?」


「助けたくなるような努力を積む。駄目なら諦める前に誰かを頼る」


「⋯⋯努力⋯」


「お前は親やじいちゃんに可愛がられる努力はしてきたじゃん? その方向を、今度は実力つけるのに降ってみろよ」


「⋯⋯うっせー。俺は俺が幸せになることで忙しいんだよ」


「幸せねえ⋯?」


 話していたら、部屋の明かりが着いた。


 冷房のファンがヴーンと唸り始め、那須田と俺の使っていたパソコンが立ち上がる。

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