第二話:ゆるチートと変わりゆく自分

 クエスト能力をもらった翌日の昼休み。

 俺は窓際の席でのんびりと弁当を食べていた。


 そんな中、荒々しい音を立てて後方の扉が開かれる。


 その荒々しい登場に、教室がざわついた。

 俺も首だけで振り返り、その闖入者を確認した。


 そこには黒川勇吾くろかわゆうごとその取り巻きたちがニヤニヤと笑ってこっちを見ていた。


「おい宮本、ちょっと来いよ」


 黒川が腕を組みながらニヤリと笑っている。

 その声には、あからさまな“見下し”と“優越感”が混じっていた。


 (またか……)と思いつつ、ため息をつきながら近づく。


 黒川は小学校からの付き合いだった。

 何かと張り合ってくることが多く、こうやって絡まれることも少なくない。


 髪をガチガチにオールバックに固め、その瞳はギラギラと輝いている。

 この生命力の塊のような存在感こそが黒川なのだった。


 黒川はヘラヘラと笑いながら聞いてくる。


「聞いたぞ? お前、今朝ドジ踏んでコケたんだって?」


 追従するように取り巻きが囃し立てる。


「周りビビってたじゃん。“地震か?”とか言ってさ」

「マジでウケたわ!」


 俺は苦笑するしかない。


(転んだのはクエストの“微強化”に身体が追いついてなかったからだよ……)


 そんな様子を知ってか知らずか、黒川は続ける。


「お前みたいな地味陰キャ、せいぜい“背景”がお似合いだよな?」


 その言葉に取り巻きが手を叩いて笑う。

 何が面白いのだろうか。


 呆れてものも言えないでいると。


 その瞬間、

 ピコン、と昨日も聞いた電子音が聞こえた。



■クエスト発生


【黒川のマウントを華麗にいなせ】

報酬:筋力+1/反射神経+1



 俺はフ、と息を吐いた。


(……ちょうど良い)


 いい加減、こいつにはうんざりしていたのだ。

 なにか言い返してやらなければ割に合わない。


 黒川は、本気で悠真を下に見ている。

 ただの嫌味。

 ただのマウント。

 それを利用するだけでいい。


 悠真はサラッと笑って、黒川のジャケットに目を向けた。


「黒川、そのジャケット……タグついてるよ」


「は?」


 黒川は慌ててジャケットを確認する。もちろんそこにタグはない。


 何年も着古して、ボロボロなのだから。


 一瞬だけ空気が静まる。


 俺は肩をすくめた。


「冗談だよ。でも俺のことばっかり見てないで、自分磨いた方がいいんじゃない?」


 教室内が静まり返る。

 黒川の顔がみるみる赤くなる。


「てめぇ……っ!!」


 ピロン、とクエストクリアの通知が視界に広がる。


■クリア!


【黒川のマウントを華麗にいなせ】

筋力+1

反射神経+1


「……ふう」


 俺は平然としたまま席に戻る。


 黒川たちは何か言おうとして口を開けるが、何も出てこない。

 何度か顔を見合わせると、悔しそうに去っていった。


 戻った悠真に、クラスメイトの何人かが驚いたような視線を向けてくる。


 ついこないだまでは確かにこんなキャラではなかった。

 地味でおとなしい。

 そんな男が、黒川をやり込めて戻ってきたのだ。


 ふと気づく。


(あれ……今の俺、全然“いつも通り”じゃないな)


 クエスト能力を得てから、自分が変わり始めているように思えた。


 身体能力の話だけではない。

 心もどこか変質しているような気がした。


(ま、いっか)


 軽く首を振って、弁当を片付ける。

 数秒後には今日の晩飯に思考が移り変わっていた。





 廊下の窓際――


 地味だが、整った顔立ちの少女・桜井日奈子。

 いつも本を抱えて、目立たないよう生きてきた彼女。


 だが今日、悠真の姿を見て

 胸が、少しだけ熱くなった。


(宮本くん……あんなふうな感じなんだ)


 “自分と同じ匂いがする”と思っていた彼が、

 誰かを助け、

 誰かに言い返し、

 ちゃんと前に進んでいる。


 自分にはない勇気を持ち合わせているのだ。


 桜井は、そっと口元をゆるめた。


(……話してみたいな)


 物語は、静かに動き始める。


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