バグダンジョンに街が飲み込まれる世界で、俺は救世主として配信中

@katura-hiiragi

第一話:バグ天使、落下。俺の人生バグり始めた

 休日の昼下がり。


 晴れた商店街を歩きながら、俺── 宮本悠真みやもとゆうま は退屈そうに伸びをした。


 特に変わり映えのない日常。

 スマホニュースは相変わらず「チート能力が配布されてどうのこうの」という眉唾な話題で埋まっている。


「……本当にチートなんてあるわけねーだろ」



 そう呟いた瞬間だった。



 頭上で、ジジジッ……! と映像ノイズのような音がした。

 思わずそちらを見上げる。


「……ん?」


 空に、ひどく粗い“画面の乱れ”みたいな揺らぎが浮かんでいる。

 黒いヒビが空間に広がり、その上からモザイクがかかったような見た目をしていた。


「なんだ、あれ……」


 ジリジリと耳の奥を震わす異音。

 数回、瞬くように光が点滅。



 次の瞬間、そのノイズの裂け目から"天使"が飛び出してきた。



 羽は左右非対称、頭の輪はところどころ欠けている。

 顔だけポップに可愛いのが余計に怖い。

 フラフラと滞空し、視線が宙を彷徨っていた。


 天使は俺を視認すると、口の端だけ持ち上げるように笑う。


「アナタ、適性アリ! チート、配布します」


「説明ざっくりすぎない?」


 思わず突っ込んでしまう。


 だが意に介した様子のない天使は、まるでゲームのバグったNPCみたいに棒読みで続けた。


「付与完了。あなたのスキルは──」


 光のウィンドウが目の前にポンッと開いた。



【スキル:クエスト発生】


・ランダムで小さなクエストが出る

・達成すると能力値が微増する

・積み重ねると割とヤバいことになる



「……なんか曖昧だなあ」


「では急ぎますので。バグ修正が山積みなんです〜」


 天使はノイズに飲まれ、空の裂け目へとスッ……と戻っていった。

 裂け目も瞬きの間に掻き消える。


 残ったのは現実感ゼロのウィンドウだけ。


(え、これ、夢じゃなくて……マジ?)


 そう思った瞬間──


 ピコン。


 目の前に透明なスクリーンが表示された。




【クエスト:近所のコンビニでドリンクを買え】

報酬:反応速度+1




「ゆるい!!」


 だが「試すだけタダだし」とコンビニへ向かう。


 いつも通りのコンビニ。

 適当なドリンクを選んで無人レジに持ち込む。


 特になんの障害もなく支払いまで済ませた。


 しかし、ドリンクを買った瞬間、体の内側がじんわり熱を帯びた。


(……え、視界が少しクリアになった?)


 地味だけど「確かに何かが変わった感」はある。


「気のせい……か?」


 そう呟いた瞬間──


「――おいコラァァ!!」


 店の外で怒鳴り声が響いた。



 店の入り口で暴れていたのは、金髪スカジャンの派手な男。

 首元にタトゥーをのぞかせ、真っ黒なサングラスをしていた。


 どこかで見たことがあると思索を巡らせて、ようやく思い当たる。


 井上剛。


 素人格闘技番組にも出演してる半グレ。

 荒っぽい性格で、SNSでトラブルを何回も報告されている。


 そいつは通りすがりの女の子を指さし、怒鳴り散らしていた。


「オレが誘ってんだからついて来いよ!! ブスが」


 女の子は完全に怯えている。

 助けを求めるように周囲を見渡すが、誰もが素知らぬふりをする。


 そんな彼女に近づいた井上は肩を抱き寄せると、いやらしい笑みを浮かべた。


「誰も助けちゃくれねえよ……!」


 思わず眉を顰める。


 好き勝手に生きて、人に迷惑をかける。

 誰もが忌み嫌う人間。


(……行くか?)


 女の子は助けを求めている。

 早く動くべきだ。


(けど……)


 頭ではわかっているのに、なかなか体が動かない。

 ドクドクと暴れる心臓が全身を揺らしていた。


 そんな時、井上の視線がこちらに向けられた。


「おいテメェ。さっきから見てんじゃねーぞ。なんか言えよ?」


(やば。絡まれた?)


 サングラス越しの視線にヒュッと喉の奥が鳴る。

 緊張で足が地面に縫いつけられていた。


 その瞬間、


 ピコン。


 クエストが出た。



【クエスト:困っている人を助けろ】


報酬:反応速度+1/筋力+1



(ーーこんな時にクエスト!?)


 悠真の目の前に表示されているウィンドウが見えないのか、井上はズカズカと近づいてくる。


「おい、シカトこいてんじゃねえよ!」


 井上が右手を振り上げる。

 それして俺に振り下ろそうとした瞬間──


 右手が自然に動いていた。


「ちょっと待ってください」


 井上の腕をつかんだ。

 驚くほどスムーズに、痛めつけるでもなく止められた。


「は?」


 井上はキョトンとした顔で固まっていた。

 対する俺も似たような表情をしていただろう。


 これまでこんなことができた試しはない。

 心当たりは一つしかない。


 さっきのクエスト報酬だ。


(本当に……反応速度が上がってる)


 笑みを浮かべる。

 心に余裕が生まれ、そのまま井上を嗜めた。


「暴れたら迷惑ですよ。静かに買い物してください」


「離せぇぇ!!」


 井上は暴れるが、思った以上に弱い。

 所詮はSNSヤンキーなのか、見た目ほど強くはない。


 そんな俺らのやりとりを見て、周りに人が集まり騒めきだす。


「あれ、井上?」


「え、てか負けてるんだけど」


「ウケる」


 井上が顔を赤くして、何か言おうとした途端。


 騒ぎを聞きつけたコンビニの店長が飛び出してきた。


「あなた!警察呼びますよ!」


 井上は舌打ちする。

 強引に俺の腕を振り払うと、ズカズカと人混みを押しのけ、捨て台詞を吐いていった。


「うるせえよ、ボケ……!!」


 思わず、息を吐く。

 なんとかなったようだ。


 周りの客は安堵し、絡まれていた女の子は深く頭を下げる。


「助けていただいて、本当にありがとうございます……!」


(クエスト達成……!)


 体がふわっと軽くなった。


 感謝もされるし、身体能力も上がる。

 一石二鳥のクエスト能力。


 思わず口角を上げた。


(チート……悪くないかもな)





 悠真が感謝され、皆から褒め称えられている傍ら。

 その向こうで小さな影があった。


 地味で大人しい雰囲気の女子──桜井日奈子。


 悠真と同じクラスで目立たない。

 いつも俯いて、声も小さい。


 彼女は偶然コンビニの前を通っていて、一部始終を目撃した。


 その視線は、悠真の横顔を見つめていた。


(不良から……助けてたよね。すごかった……)


 小さく胸元で手を握りしめながら。


 その目は、ほんのすこしだけ輝いていた。


 そして──彼女のスマホ画面には、開きっぱなしの配信アプリ。

 タイトル欄には何も入力されていない。


(……いつか、あの人を……)


 小さく息を吸い、日奈子は決意した。

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