【短編ホラー】隙間なし

ささやきねこ

隙間なし

2025年11月20日

朝、目覚ましが鳴る前に目が覚めた。

カーテンの隙間から入る光が、いつもより少し四角い。


部屋の隅を見る。

壁と床が接する線が、なんとなく甘い。


定規で測ったわけではないが、感覚でわかる。

直角のはずなのに、わずかに開いているような。

まあ、築年数の古いマンションだから仕方ないか。


通勤途中、駅までの道を歩く。

いつもの角を曲がると、昨日まであったコンビニがなくなっている。

いや、正確には跡形もない。


壁が続いているだけ。


地図アプリを開くと、ちゃんと表示されているのに。

位置情報がずれているのか、それとも。

気にせず電車に乗る。



2025年11月21日

部屋に戻ると、天井の蛍光灯が少し低い気がした。

いや、昨日と同じ高さのはずだ。手を伸ばしてみる。


届く距離は変わらない。

でも、なんとなく圧迫感がある。


壁の塗装を見ると、細かい粒が浮いている。

指で触ると、粉が少し落ちる。

石膏っぽい。掃除すればいいか。


職場で同僚と話す。彼のネクタイが、首に食い込んでいるような。


いや、普通だ。


デスクの端が、肘に触れる感触がいつもより硬い。

プラスチックというより、コンクリートに近い。


まあ、最近のオフィス家具はそんなものか。



202.Dropout11月22日


夕方、帰宅途中の交差点。信号待ちの人が多い。


隣のサラリーマンの靴が、アスファルトに少し沈んでいる。

いや、沈んでいるというより、溶け込んでいる。


靴底のゴムが路面の模様とつながっているような。

目をつむって開け直すと同じ。誰も気にしていない。


青信号になる。

皆、普通に歩き出す。


家で鏡を見る。頰の皮膚が、少しざらついている。

指でこすると、白い粉が落ちる。壁と同じ素材だ。


まあ、乾燥しているだけか。


化粧水を塗ってみるが、吸い込まない。表面に残るだけ。



2025年11月23日

朝起きて、指先を見る。

人差し指の爪が、透明なプラスチックみたいに光っている。

触ると冷たい。曲げようとすると、わずかに抵抗があるが、折れない。

まあ、問題ない。


朝食を食べる。パンが、少し固い。

歯ごたえがコンクリートブロックに近いが、味は普通だ。


外出する。


エレベーターの中で、壁に寄りかかる。

背中が壁に触れる感触が、心地よい。いや、溶け込むような。

降りるとき、服の布地が壁に少し引っかかった気がしたが、振り払う。


外のビル群を見上げる。窓の配置が、昨日より整っている。


隙間が少ない。


カフェに入る。店員の腕が、カウンターの木目と同化している。

いや、木目というより、合板の柄が腕に続いている。


注文する声は普通。

コーヒーを受け取る。カップの持ち手が、指に食い込む。

いや、指が持ち手に食い込む。

離すと、少し素材が残る。


まあ、いいか。



2025年11月24日

部屋の床を歩く。足の裏が、フローリングの継ぎ目にぴったり合う。

踏み込むと、わずかに沈むが、抜けない。

座ってテレビを見る。画面の解像度が低いわけではないのに、映像が四角い。


人の顔が、ブロックのように区切られている。手を見る。

指の関節が、固まっている。

曲げようとすると、軋む音がする。配管の音のような。


まあ、歳のせいか。


壁に触れる。掌が壁紙のエンボスに沿う。

離すと、模様が掌に残る。


白い粉が落ちない。もう落ちない。


街を歩く。歩道のタイルが、靴底と同化している。

人々が、背景に溶け込んでいる。


信号機の柱に、誰かの腕が続いている。

いや、柱の一部が腕の形をしている。


皆、普通に歩く。


地下鉄の振動が、体に伝わる。心地よい。



2025年11月25日

朝、目覚めない。

いや、目覚めているが、動けないわけではない。


ベッドが、体にぴったり。

シーツの織り目が、皮膚の皺に一致する。


起き上がる。背骨が、壁の垂直線に沿う。


窓から外を見る。ビルが、隙間なくつながっている。

距離が信用できないが、問題ない。


指が、キーボードに触れる。タイピングする。

文字が、画面に並ぶ。だが、指先がキーから離れにくい。

プラスチックの感触が、一体化する。


まあ、これでいい。


他者が、風景になる。

公園のベンチに座る人、その背もたれと背中が同じ素材。


子供の遊具に、子供が固定されているわけではない。

ただ、溶け込んでいる。


空調のハムノイズが、思考に混じる。



2025年11月26日

部屋が広くなったわけではない。いや、狭くもない。

壁が近づく。いや、近づいているのは自分。


皮膚が、塗装になる。粉はもう落ちない。

硬化する。

心地よい硬さ。


手首から先が、タイルの目地に沿う。

足首が、床の継ぎ目に収まる。


街全体が、一つの構造。


人が、建材。


信号待ちの群衆、ガードレールと癒着。


カフェのテーブル、客の肘と同化。


店員の笑顔、メニュー板の文字と一致。


皆、静かに順応。


思考が、ブロックになる。


単語が、反復。反復。反復。壁 壁 壁 床 床 床 天井 天井 天井 線 線 線 直 直 直 いや 甘い 甘い 甘い でも ぴったり ぴったり ぴったり



2025年11月27日

指が動く 動く 動く キーボード キーボード キーボード 文字 文字 文字 並ぶ 並ぶ 並ぶ 四角 四角 四角 揃う 揃う 揃う 壁に 壁に 壁に 溶ける 溶ける 溶ける ドライ ドライ ドライ 硬化 硬化 硬化 粉なし 粉なし 粉なし街が 街が 街が 完成 完成 完成 隙間なし 隙間なし 隙間なし 人なし 人なし 人なし 建材 建材 建材 私も 私も 私も ここに ここに ここに 固定 固定 固定 振動 振動 振動 地下鉄 地下鉄 地下鉄 心地よい 心地よい 心地よい日付 日付 日付 必要なし 必要なし 必要なし ただ ただ ただ 構造 構造 構造 一部 一部 一部 タイル タイル タイル ブロック ブロック ブロック 積む 積む 積む 揃う 揃う 揃う壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁床床床床床床床床床床床床床床床床床床床床天井天井天井天井天井天井天井天井天井天井天井天井天井天井天井天井天井天井天井天井線線線線線線線線線線線線線線線線線線線線直直直直直直直直直直直直直直直直直直直直いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘いぴったりぴったりぴったりぴったりぴったりぴったりぴったりぴったりぴったりぴったりコンクリコンクリコンクリコンクリコンクリコンクリコンクリコンクリコンクリコンクリプラスチックプラスチックプラスチックプラスチックプラスチックプラスチックプラスチックプラスチックプラスチックプラスチックタイルタイルタイルタイルタイルタイルタイルタイルタイルタイル固定固定固定固定固定固定固定固定固定固定順応順応順応順応順応順応順応順応順応順応完成完成完成完成完成完成完成完成完成完成ここここここここここここここここここここ建材建材建材建材建材建材建材建材建材建材一部一部一部一部一部一部一部一部一部一部

  壁

床床床床床床床床床床

床床床床床床床床床床

床床床床床床床床床床

床床床床床床床床床床

天井

天井

天井

天井

天井

天井

天井

天井

天井

天井

線線線線線線線線線線

線線線線線線線線線線

線線線線線線線線線線

線線線線線線線線線線

ぴったりぴったりぴったりぴったり

ぴったりぴったりぴったりぴったり

ぴったりぴったりぴったりぴったり

ぴったりぴったりぴったりぴったり

構造構造構造構造

構造構造構造構造

構造構造構造構造

構造構造構造構造

完成完成完成

完成完成完成

完成完成完成

完成完成完成


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編ホラー】隙間なし ささやきねこ @SasayakiNeko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ