海の匂いのするレコード
ガーリック炙島
第0章 -Airport Lady-
0-1 Departure
夜のターミナルのガラスに、誘導路灯のブルーとタキシーライトのアンバーが滲んでいた。
遠くを滑走する機体の航行灯が、湿った夏の空気に細い軌跡を描いていく。
その光を追いかけるみたいに、わたしの季節もどこかへ離陸しようとしていた。
ブリーフィングルームを出ると、壁のモニターには到着便のMETARが更新されていた。
“南島 風速4ノット 視程良好”。
その文字列が、胸の奥をそっと押す。
今日もまた、あの海の上を飛ぶのだ。
到着便からのクルーが静かにすれ違っていく。
制服の擦れる音すら、水の底の出来事みたいに遠い。
指先には、夜勤中に届いた昇進試験のメールが震えたまま残っていた。
「……あとで見ればいいや」
つぶやいた声は、ジェットA1の匂いにすぐ掻き消えた。
ターミナルの大窓に近づくと、巨大な機体がプッシュバックの準備をしている。
トーイングカーが外れる瞬間、赤いビーコンライトがぽっと灯る。
その明滅を眺めているだけで、胸の重さがわずかに浮上した。
わたしは、飛行機の灯りが好きだ。地上でも、空でも、夏の夜でも。
あの点滅は、“行き先なんてどこだっていい”と囁いてくれる。
海を越える便は、あと十分でボーディングが始まる。
制服のポケットに両手を入れながら、滑走路の向こうに広がる蒼を想像した。
あの島の空港に着けば、きっと空気が変わる。
潮風と、熱帯夜と、宿題みたいに残ったモヤモヤ。
だけど、まだ知らなかった。
その日の“半日の空白”が、
わたしを思いがけない島へ
そして一軒の喫茶店へ導くことを。
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