第3話 なぜかメインヒロインに捕まってしまった

 俺がサフィラを監禁してから五年が経った。


 その間は特に何も起こっていない。

 彼女に関する噂は聞かず、ハーツ家も普通に回っていたようだ。


 不治の病で兄弟が亡くなってしまったことも含めて、概ね原作通りに進んでいると言えるだろう。


 例外は俺という存在だけである。


 俺はこの五年間、鍛錬を欠かさず続け、暇な時は近所のぶどう畑で収穫の手伝いをしたりと穏やかな毎日を送っていた。

 まさに理想的なスローライフである。


 可能であればこのままぶどうに囲まれた生活をしていたかったが、あいにく平和な日々は今日で終わる。


 ――そう、入学式だ。


 この国では、魔力の高い者は十五歳になると学園へ行く義務がある。

 魔力といっても、この世界に魔法は存在しない。


 魔力は人の身体に宿り、身体能力を増幅させる効果がある。人それぞれ保有量には個人差があって、多ければ多いほどコントロールが難しい。


 場合によっては誰かに怪我をさせてしまったり、街を破壊してしまうリスクも存在する。

 きちんとコントロールできなければ危険なのだ。


 そして俺――アスクは生まれつきそこそこの魔力量を有していた。

 貴族でもなければ、ずば抜けた魔力を保有しているわけでもない。


 一般人と比較すると少し多い方という何とも微妙なスペックである。いかにもかませ犬といった感じだ。


 まあ多少は鍛錬をしているため、原作のアスクよりは強いだろうが。


「ここが学園か」


 ――王立ハーツ学園。


 原作の舞台となるその建物を見上げると、煌びやかな佇まいに胸が躍った。


 正直この学園でやりたいことは特にない。

 大半の生徒は騎士になったり、公爵家に就職することを目指すだろうが、俺の夢はぶどうとワインに囲まれることだからな。


 出世よりも専門知識を身につけることが重要なのだ。


 まあでも楽しみなこともある。

 学園には広大な図書館があるため、そこでワイン作りについて学びたいのだ。


「よし、行くか」


 大きく深呼吸をすると一歩踏み出す。


 こうして俺の新たな生活が始まるのだ。



 校舎に入ると、自分のクラスへと向かう。


 原作通り俺のクラスは一年一組。名簿にはサフィラはもちろん、原作主人公であるルクソール・グレイもいた。


 ルクソールは孤児院出身ながら、規格外の魔力量によって特待生となった少年である。

 いかにも主人公といった設定だ。


 実際、入学式当日にも複数のヒロインとイベントを発生させる。

 聖女、騎士団長の娘、そしてメインヒロインのサフィラと。


 ほら、ちょうど今からそのイベントが始まるらしい。


 自席に座りながら教室の入り口を眺めていると、サフィラが教室にやってきた。


 その瞬間、周囲の空気が一変する。


 騒々しく騒いでいたクラスメイトたちが一斉に押し黙り、彼女の美しさに目を奪われていた。


 まるで誰も近づけないような孤高の雰囲気で、なのに彼女から視線を外すことができない。一挙手一投足に自然と吸い寄せられていく。

 

 そんな緊迫した空気の中、主人公であるルクソールは一切空気を読まずに動いた。


「俺はルクソールだ。よろしく!」


 明るい声が響く。

 完全に原作通りだ。


 その後彼はゆっくりと手を差し出すが、人間不信のサフィラはその手を取ることなくスルーする。


 そしてルクソールと軽く言い合いになるのだ。


「……………………」


「あれ、聞こえなかったかな。……俺はルクソールだ。よろしく!」


 もう一度彼は挨拶をする。


 しかし彼女は一瞥すらしない。まるでそこに存在していないかのようにゆっくりと通り過ぎると、

 

 ――次の瞬間。


 サフィラの視線が俺に向いた。


「あれ?」


 全然原作通りではない。


 本来なら俺の存在なんて認知していないはずだ。目を向けることなどあるはずがない。


 なぜなら俺はこの世界のモブで、ヒロインを監禁するためだけに存在する悪役なのだから。

 そのはずなのに……、


 ゆっくりと青色の瞳が近づいてくる。その瞳はなぜか主人公ではなく俺の方を向いている。

 ゆっくり、ゆっくりと。潤んだ瞳が光を帯び、一直線に俺を射抜いてくる。


 そして彼女は迷いなく俺の席へと近づいてくると、ぱっと花が咲いたように笑った。


 その笑顔は可憐で、息を呑むほど美しかった。それでいてどこかあどけなさも残っていて、二つの魅力を兼ね備えている。

 その姿に思わず見惚れていると、


「アスクくん」


 彼女はゆっくりと俺の名を呼んで、


「ずっと会いたかった。私を救ってくれたあの日からずっと」


 まっすぐ手を差し出してきた。


「えっ? 俺?」


 その手をぼうっと眺めていると、向こうから手を掴んでくる。指先を絡めて、まるで離さんとばかりにぎゅっと……、


「よ、よろしく」


 俺は思わず握り返した後で気づく。

 

 ――あれ? どうして俺の名前を知ってるんだ?

 

 いつ名乗ったっけ? 確か五年前は自己紹介すらしなかったはず。


 それにもし名簿を見て俺の名前を知ったとしても、顔と名前が一致するはずがない。

 なのに彼女は迷わず俺の元へやってきて名前を呼んだ。


 ――おかしい。致命的に何かがおかしかった。


 それでも彼女は俺の手を離さない。


 まるで五年前のようにぎゅっと握ったまま、そのサファイアのような瞳を向けてくるのだ。 


「あの……」


 俺は唖然とするクラスメイトたちを一瞥すると、彼女に視線を向ける。

 そして周りに聞こえないように小声でこう呟くのであった。








 

「――人違いでは?」





 改めて原作でのイベントを振り返ってみよう。


 教室にやってきたサフィラに主人公のルクソールが近づいていって握手を求める。

 彼女はそれをスルーして、結果として二人は言い争いを始めるのだ。


 つまり途中までは原作通りだった。ルクソールの握手をスルーしたところまでは一緒だったが、その後の行動があまりにも異なっていた。


 なぜか彼女は俺の元までやってくると、笑顔で手を握ってきたのだ。


 それはもちろん原作には存在しないシーンで、なのに彼女は当たり前のように今もこうして俺の手を握り続けている。

 控えめに言って恐怖だった。


「人違い?」


「うん。絶対そうだって」


 多分俺を誰かと間違えていると思う。


 なにせ俺は彼女を救い出したことなど一度もないからな。

 強いて言えば五年前に監禁したことだが、あれはほとんど未遂で終わったし、救出したのは護衛の兵士二人である。


 だから少なくとも、彼女を助けた人間は俺以外の誰かなのだ。


「五年前、私を外に連れ出してくれたのはあなただよね?」


 しかし彼女は俺の言葉に怪訝そうな表情を浮かべつつも問いかけてきた。


「全てに絶望していた私に、生きる希望を与えてくれたのはあなたでしょ?」


「あーやっぱりそれは人違いだわ」


 そんな白馬の王子様のようなことをした覚えはない。


 俺は王子でもなければ乗馬経験もない。

 ただの悪役である。ヒロインを監禁して主人公に倒されるだけの悪役。


「多分他にそれっぽい人がいると思うよ。例えばそこのイケメンとか」


 言いながら俺はルクソールを指差す。 


 彼はぽっかりと大きく口を開けたまま唖然としていた。俺と目が合うと、ぶんぶんと盛大に首を振る。


「やっぱり人違いじゃないよ。あなたが運命の人」


 サフィラは彼を一瞥すると、すぐに視線を戻して再度問いかけてくる。


「何も知らない私に新しい世界を教えてくれたのはあなたでしょ?」


「あーやっぱりそれも人違いだよ」


 あまりにも心当たりがなさすぎる。


 そもそも新しい世界ってなんだ? ワインの話?


 確かにワイン業界では、古くからワインを作っているヨーロッパの国々を旧世界、ヨーロッパ以外の新しくワインを作り始めた国々のことをニューワールドという。


 もしも仮に俺が、彼女にニューワールドのワインをお勧めして飲ませたのであれば、彼女の発言も理解できなくはない。


 しかし公爵令嬢にワインを飲ませる庶民など存在しないし、お酒を飲んでいいのは15歳からだ。


 誕生日を迎えるまで絶対にダメである。


 つまり彼女の探している人物は俺ではない。証明完了。


「多分他にそれっぽい人がいると思うよ。例えばあいつとか」


 俺はもう一度ルクソールを指差した。


 なにせあいつは原作の主人公だからな。メインヒロインである彼女と運命で結ばれているに違いない。


 それに主人公であれば新しい世界を見せることだってできるはずだ。

 そう思っての指名だったのだが、


「あれ?」


 意外なことに彼は涙目で首を振っていた。

 もう頼むから触れないでくれ、表情だけでそう主張しているように見える。

 主人公なんだからもう少しメンタルを強く保ってほしい。


 俺なんて心当たりがないのに公爵令嬢から絡まれてるんだからね?


 思いっきり手を掴まれて身動き取れないんだからね?


 クラス中から注目されて悪目立ちしてるんだからね?


 そこは主人公がなんとかしてくれよ!


「やっぱり人違いじゃないよ。あなたしかいない」


 しかしどうやら俺の願いは通じなかったようで、サフィラは力強く手を握り直すと、


「アスクくん、これから末長くよろしく」


 そう言って薄く微笑んだ。


 ――やっぱり人違いだと思うんだけどなぁ。


 

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