第5話 新宿堕獄

 桜田門が燃えてても、四谷あたりまで来ると街は平常運転だ。

 さすがに明日のニュースはおっかない。わたしらも事情をどうやって報告したらいいのかもうわからん。なにしろ報告するやつのエムアールツー盗んで逃げてるんだから。

あおいちゃん、なんか吹っ切れたっすね」

「ん?何を言いたいのかわからんが」

「あたし葵ちゃんのそういうところ好きっす」

「それよりさっきの不審者集団なんだと思う」

「わかんないっす。バンバンいってたし不審者じゃもう済まないと思うっす」

「なんて呼ぶか決めとくか?」

「んー?ショッカー?」

「……今転がしてんのよりんだぞ」

「じゃあこっちマシンマンで」


 課長のやつオタクか仕事熱心か、ハンディアマチュア無線機で警察無線を拾えてる。どもはどっかへ消えたらしい。

 追われてる。一つ有利なのは追われていることがわたしには「わかる」。常にじゃないが人やモノの場所がわたしにはわかる。あの実験の時にクビになりかけたやつだ。

 署の入り口に八人ぐらいいた。そしてこれは推測だが、巫女このこが力を使うまではっきりとは場所がわからなかったんじゃないか。甘く見積もるのは危険だが。

 これから新宿へ向かう。身代わりは多い方がいい。

 そして王先生ワンせんせいのところの世話になる。

 王先生は表向き中華料理屋だが本物マジのヤバいやつだ。そして私とゆう子は王先生とは仲がいい。

 王先生に人やモノの場所を「アドバイス」してやれる。その貸をちょっと返してもらう。

 先を急ごう。アクセルを強めに踏んだ。


「新宿」

「新宿」

「巫女は新宿に向かっておる」

「巫女は新宿に」

「力を使わせよ」

「龍の力を使わせよ」

「ならば新宿を地獄に落とせば良い」

「大罪人どもにはふさわしい」

「新宿を地獄に」

「新宿を地獄に」

 羅漢たちは空中で八方に散り、新宿上空二百メートル、半径五百メートルの正八角系の頂点に位置をとる。

 それぞれ人にあらざる超高速で印を結び、その八角形のスクリーンに梵字が次々と浮かび上がる。

「堕地獄」

 可聴域にない爆音が鳴り響く。往来の車や人が吹き飛ぶ。そして新宿大ガードに地獄の門が開いた。

 真夜中にも関わらず門の中からは黄昏どきの光がさす。光の中に蠢く影、影、影。

 門が開くのを待っていたとばかりに無数の鬼が溢れ出た。


「暴徒、あるいは大型の獣、多数」

 新宿方面の警察官から同様の目撃報告が同時多発的に警視庁に向け発信されたが、一、二分して通信が完全に途絶した。

 コールに応じるものは無し。

 新宿方面の警察官はみな職務規定を逸脱しなかった。

 誰も即座に「それら」に対して銃を向け、引き金を引く判断はしなかった。

 しかしその判断が許されたとしても、結果に大きな差はなかっただろう。

 事態に応じ、警視庁から池袋、渋谷方面に緊急応援要請。

 新宿にとどまらず、さらに被害は拡大していくことになる……。


「進退極まったっすね、葵ちゃん」

「あいつらは獣か?鬼か?動いてる影は鬼、動いてない影は人間か」

「空飛んでるやつもいるっす」

 窓ガラスが割れた焼肉屋の店内に身を潜め、たまに顔を出して機会を伺うが、通りに出るのは難しそうだ。

 王先生の店までそんなに遠くはないんだが。出たら殺される。

「グレムリンの映画みたいだな」

「そんなかわいいもんじゃないっす、スペースバンパイアっす」

「私なら止められるかもしれません」

 龍巫女、咲希さきからの提案が来た。

「多分あの光ってるあたりから鬼が出てきています。あのへん一帯を龍頭りゅうずの力で吹き飛ばせます」

 悪い提案ではないかもしれない。が、龍頭とやらの威力がわからない以上、やってくれとは頼めない。

「咲希ちゃんが力を使ったら、多分居場所がバレる。あいつらはそれが狙いだ」

「でもこのままじゃいずれやられます」

 途中で拾った木刀一本、確実にそうなる。

「やば、見つかったかも」

 黒い人型「ではない」影がこちらににじり寄ってくる。

「お前らだけでも逃げる用意しとけ」

 木刀を下段に構え、二人を庇う。

「そんなのダメ!置いていけないよ、葵ちゃんのこと」

 と、そこに素早く横切る影。人型ではないやつがどさっと倒れる。

「あっ、ノボルちゃん!」

 二輪KATANAに乗ったフルフェイスヘルメットが日本刀カタナ片手にこっちを見ている。

「昇ちゃん、そういうダジャレはいかがなものかと思うよ」

「デモンズみたいっす!」

 フルフェイスヘルメットが、行けとアゴで伝えてくる。

「助かった!次なんか奢るわ」

 都合のいいチャンスをものにできた。今しかない。

 全力で走る。ゆう子が咲希を抱っこして走る。

 王先生の店の入り口に辿り着いた。

 明らかにヤバい長物ショットガンを持ったガードマンが店の入り口を守ってる。警官としては見て見ぬふりだ。

 当然のように顔パス。

 そうだ。

「ヤバいかもしれないが、試してみたいことがある、ゆう子、顔貸せ」

「……」

 ゆう子が姿勢を正して敬礼する。よし、やってみよう。ここからは二手に分かれる。わたしと咲希、ゆう子は別行動。


 王先生、こんな時でも普段通り、とぼけた中華料理屋の顔してる。見慣れた禿頭。

「いらっしゃい、タツミサン、今夜はお食事アルか?」

「今夜はちょっとバケモンにぶっ殺されそうになってて」

「アイヤ、それは良くないネ」

「王先生、これ貸してくれ」 

 手で銃の形を作る。

「コレ高いヨ!」

 カウンターにゴトっと拳銃が置かれる。

 ジュニア・コルト。ポケットサイズのオートマチック。頼りないが、今はちょうどいいかもしれない。

「オンナノコ向けネ」

「あと奥の部屋も貸切で頼む!」

 咲希を引き連れ、個室に向けて走り出す。

「高いヨ!深夜特別料金ネ」

 あとはアイツらを呼ぶだけだ。

 今日こんな所で華を散らすつもりはない。


 奥の個室のさらに一番奥に陣取り、背後に立てたテーブルの裏に咲希を隠す。

「咲希、すまん、少し力を使ってくれ、アイツらを呼び寄せる」

 近くにある中華テーブルが二、三台、ボキボキと音を立てて木材の塊になる。

 あとはじっと待つ。

 五分、十分。

 店の入り口でドタドタと足音、たくさん。奴らが来た。

「巫女」

「巫女を渡しなさい」

「渡せば生命は取りません」

「我らに銃は効きません」

「無用な殺生はいたしません」

「巫女を渡すのです」

 後光を背負い袈裟を着た八つの人外ども。

 目のあたりが発光してて眩しく顔が見えない。

 拳銃ジュニア・コルトの狙いを定める。引き金を引く。

 奴らの言うとおり弾は着弾前に運動エネルギーを失い、床にパラっと落ちる。

「我らに銃は効きません」

「仕置きが必要です」

「仕置き」

 先頭のやつが両手を差し出し、指で印を組もうとする。と、同時に

「ゆう子撃て!」

 力の限り叫ぶ。


 ボコ!バコッ!ズバッ!バン!バン!ボカッ!

 床に次々と穴が開く。階下の光が穴を通して漏れてくる。

 木片、コンクリート片があたりに飛び散る。

 そいつの両手が根本から吹き飛び、天井に音を立てて衝突する。

 腕の付け根から血は吹き出さない、やはり人外だ。

 重い銃声はさらに続く。天地逆方向に雨がふる。

 後ろのやつの右足が身体から離れ、バランスを崩し床に身体を打ちつける。そこに追撃が入り身体が上下二つに泣き分かれ。

 隣のやつは太ももから肩にかけて弾道が貫通する、直立したまま小さくジャンプ。その頭にさらに着弾、身体がくるくる舞う、そういう体操を見てるみたいだ。

 スラッグ弾。散弾銃ショットガンはその名の通り狩猟用に小さい弾を撒きちらすものだが、高い威力を持つ単体の弾丸も発射することができる。大量の火薬で発射される大きな弾は壁や床などを貫き、なお人外どもをバラバラにできるぐらいの運動エネルギーを保っていた。

 次々に袈裟が破れボロ雑巾に。後光が一つ二つと銃声とともに消えていく。奴らの体はまるでおがくずで出来てるみたいに崩れていく。

 銃声が鳴り止んだ時には、もう人型のものは目の前に残っていなかった。


 床を抜いてスラッグ弾の集中攻撃。入り口でショットガンを見かけた時に思いついた。賭けだったがあまりも上手くいった。

「はははは、奴ら、殺せる。意識を向けてない方向には弱い」

 床にぽっかり空いた穴からショットガンを持ったゆう子が親指を立てている。

「高いヨ、巽サン」

 その横で王先生がニヤリと笑う。

 外からヘリの音がバラバラと聞こえてくる。

 長かった夜が終わる。

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