1章 保育士なんて割に合わない! と思った矢先の異世界転生⁉
1-1
私は、
「――以前から、るな先生のことは
片手を
なによ、名前なんて仕事に関係ないじゃない。
「うちの大事なヨシ君に、そんなこと言うなんて」
大事な? 自分が休みの日でも保育時間ギリギリの十八時にならないと
「ヨシ君はやりたくないって言っているのに」
やりたくないって言われたら、なにもさせないの? 初めてのことや苦手なことに
――まして、ろくに
「私も困るんですよねぇ。園で
今、
それって、子どもの成長よりも自分の都合を重視しているってことじゃない。
「そんなヨシ君に無理矢理
そう言ってヨシ君のお母さんは、
たしかに、いくつかのアザがある。けれどそれは、すごいね、難しかったけど最後まで
私は思わず声を上げた。
「無理矢理だなんて、私はそんな……」
「申し訳ありませんでした。私の
私が最後まで言う前に、
「ヨシ君の心のケアは時間をかけて行いたいと思います。お母様には大変ご心配をおかけして、申し訳ありません」
「ええ、そうしてちょうだい。さすが園長先生はしっかりなさっていて心強いわぁ。るな先生、もううちのヨシ君に余計なことしないでくださいね!」
申し訳ありませんと再度深く頭を下げる園長先生に、私も
こんな……こんなことってある?
運動会の練習で、跳び箱ができないからやりたくないって言ったヨシ君。運動会でできないところをママに見られたら
だけど少しずつ前に進むようになってきて、上手になってきているのが分かるのか、「もういっかい!」って、何度も何度も練習してくれた。
時々足が跳び箱に引っかかって青アザができてしまったけど、まさかこんな風に言われるなんて。
「っ、ま、まま、ちがうよ。ぼく、るなせんせいのこと、だいす……」
「あなたはなにも言わなくていいの!
必死に思いを伝えようとするヨシ君の言葉を、お母さんがぴしゃりと言って
「――るな先生、ごめんなさいね。最後まで頑張ってくれて、ありがとう」
「……っ! 園長先生、すみません。私のせいで……」
車が見えなくなってからかけられた園長先生の言葉に、こらえていた涙が溢れてきた。
「私はいいのよ。こういう時のための園長だもの。……今は難しい時代よね。私も、ヨシ君をなんとかしてあげたいっていうあなたの気持ちが伝わらなくて、
私の気持ちを分かってくれる園長先生に頭を下げさせてしまったことが申し訳なくて、また涙が
難しい時代、それは分かっている。最近の報道により、世間の保育士に向けられる目は厳しい。
研修でも、子ども達は当然だが、自分の身も守る保育を考えていかなくてはならないと言われるくらいだ。
でも、じゃあ親が満足にできない躾や教育は
トイレトレーニングやお
ゲームやスマホなど私達が子どもだった
それらを否定するつもりはない。男女関係なく仕事を頑張るのは
けれど、私達の目には、その裏で子ども達が
愛情不足、そんなことを軽々しく言ってはいけないが。子ども達の様子を見ていると、時々ふっと、そんな言葉が頭をよぎってしまう。
もちろん必死に生きている保護者の方も、子どものために少しでもと思って子育てしている方もたくさんいる。
子どものために犠牲になれ、とは言わない。だけど、これで
子育て世帯に
先ほどの、泣きそうな目をしながらお母さんに手を引っ張られて車に乗せられる、ヨシ君の表情を思い出す。
子ども達の声を、
そんな思いで、ぐっと
「
私はこの仕事に
「明日、休んでもいいわよ?
時計の針は夜の八時を指している。
ヨシ君、ご飯も食べてなさそうだったし、お
「……いえ。ただでさえ人手不足なのに、私まで休んだらシフト管理してる主任に
それに、ヨシ君にも謝らないと。もしかしたら本当に練習が
「……そう、強いわね。ありがとう、お疲れ様」
園長先生の温かい言葉が胸に
かなり辛いけれど、こんなことに負けたくないから。強がりだけど、なんとか
「なにが不適切保育よ! なんでもそう言って
一時間後、
コンビニで買ったお酒を飲んで、周りに誰もいないことを
「なにが『大事な』よ! そう思うんだったら休みの日くらい早く迎えに来なさいよ! 毎日十時間以上も園で集団生活してたら疲れるに決まってるし、親が
保育士はプロ? プロだからできるはずだ?
だからなによ、私達だって人間だ。辛い時は辛いし、悲しい時は悲しい。
母親も父親も、一緒じゃないの?
『親になったんだから』
『母親ならできるはず』
そんな風に言われるのは、辛いんじゃないの?
『お母さんはいつも頑張っていますよ』
『そんな時もありますよね』
そう言われて、心が軽くなる時もあるでしょう?
保育士だってそんな時がある。もちろん子どもの命に関わるようなミスは許されない。けれど。
「保育に〝正解〞はないのに……」
いつだって
そんな中でも、私達は必死にやっているつもりだ。子ども達のために、より良い
私達には、失敗は許されないの? 十人
「もうやだ、こんな割に合わない仕事……」
ぽろりと涙が頰を伝う。
さっきは負けないと強がったはずなのに、また弱い心が出てきてしまった。はあっと深いため息をついて手すりに寄りかかる。
今だけ。明日はきっと笑えるから、今だけは弱音も暴言も吐かせてほしい。
「……そろそろ、帰らなくちゃ」
明日も早い、ちゃんと
このご時世、どこの園も人手不足、カツカツの人員配置で運営しているのだ。私ひとり欠けたところで代わりはいくらでもいる、と言えたならどれだけ楽だろう。
配置基準というものがある。ひとり欠けたら、それだけ預かることができる子どもが減り、子ども達の安全が
私達責任ある保育士には、子どもから
「……でもその前に。
そう声に出し、半ば無理矢理思考を
最近ハマった
女ばかりの職場で男性に頼ることなどないからだろうか、こんな風に守られてみたいと、
「眠いけど、少しだけ推しに会いたいし。なにより明日の活力になる!」
なんといっても体力勝負の保育現場、仕事のことを考えると本当は早く寝た方が良いのだが……と目を閉じて自分の
帰ったら冷やさないといけないなと目を開くと、くらりと
やばい、泣きすぎた上に、お酒を飲んだから?
ぐっと
え? と手元を見ると、なんと欄干が
「ええっ!? ちょ、ちょっと待って……」
私の体重でバキッと音を立てた欄干と共に、私の体は川の方へ
「ちょ、ちょっと……! 噓でしょ――――!?」
ああ、今日って満月だったのね。ゆっくりと落ちていく中で私が思ったのは、そんなこと。
そうして私は、川に投げ出されてしまったのだった。
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