灰皿に捨てたもの

縞間かおる

 私は手にスマホも何も持ってはいなかった。


 あるのは与えられた僅かな記憶と地図の断片。


 そんな私は容赦なく車が行き交う国道?の脇を歩いている。


 帰り道を探しあぐね、すっかり疲弊した私は、正面の壁に横書きの長い名前を掲げている保育園の前を通り掛かった。


 その名前が記憶に引っ掛かり私は地図の1片を確かめる。


 ああ……このまま真っ直ぐ歩いて行くと駅に出られるかも……ここは埋め立て後の造成地だから向こうには海しかない。それにこの地名を店舗名に冠している大手の家電量販店があったはず! あのチェーン店は必ず駅前にあるから……きっと駅を見つけられる!!


 ついさっきまで、まるで不確かだった道を今は希望を持って歩いて行くと、風が潮の香りを運んで来た。いつの間にか高架下を歩いている。


 ひょっとしたら上を電車が走っているのでは?


 そう思ったところで目が覚めた。


 ああ!!


 たまにこんな夢を見る。


 それは私の痛い黒歴史が見させたに違いない!


 女のが嫌だった私は……にはなりたく無く、実力主義の会社へセールスとして入社した。


 新人の私に支給されたのは“サービスエリア”が不十分な格安スマホと15万キロオーバーの古いライトバン。

 ナビなどあるはずも無いあちこち不調なクルマを転がし、すぐにエリア外になってしまうスマホを握りしめての地方回りは……助手席の道路地図と首っ引きになる事も少なくは無かった。

 なにせ福利厚生が会社で、かつ固定給は激安なものだから……安アパート住まいは勿論の事、学生時代の付き合いも個人持ちのスマホも断捨離しなければならない有様で、入社した頃の私の周りはまるで異世界レベルだった。


 そんな“不安ばかりだった過去”が悪夢となって蘇るわけだ。


 こんな夢を見てしまったのは、昨日は土曜日でジム帰りにボクササイズの仲間達と痛飲したせいだろうか……


「まあ、いいか! 今日は日曜だし……」と、もう一度瞼を閉じたら、今日はデートだったと思い出した。

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