死神と呼ばれた娘と永遠の花

泉花

第1話「求婚は突然に」

「オレと結婚してください!」


色のない世界。

石を投げる声が響く中でひときわ鮮やかな言葉。


風にあわせて振り向けば、西洋かぶれの恰好をした若い男が熱のこもった眼差しを私に向けていた。


私は背丈ほどある鎌をおろし、薄桜色の波打つ髪を手で押さえて男を見据えた。


「誰ですか?」


その問いに男はハッとし、困った心情を誤魔化すように苦笑いを浮かべる。


「ごめん。ビックリさせたよな。オレは仁頼にらい、よろしく」


「よろしくって……よろしくする気はないのですが」


「そんなこと言わないでさぁ。ちょっと話くらい聞いてよ」


この状況で求婚をするとはあまりに似つかわしくない。


すきま風の入る木造の家屋に、家畜のフンの匂いが充満した小さな村。


物陰に隠れて住民が私を追い出そうと石を投げてくる。


あきらかに異物な私に対し、新しい異物として彼はためらうことなく歩いてきた。


名乗るより先に求婚されれば警戒心が強くなり、私は早々にこの場を立ち去ろうと彼に背を向ける。


「待って! オレ、嫁探してるんだ!」


逃げようとして肩を掴まれ、私は近くなった彼の顔に目を奪われる。


ひときわ目立つエメラルドグリーンの瞳が艶っぽく、寂れた村には似つかわしくない気品ある雰囲気だった。


嫁とはどういう意味で言っているのだろうか。


彼の言動は突拍子もないので振り回されるばかりだった。


「言わずにはいられなかった。チャンスってのは目の前にあるうちに掴まねぇと」


口調は少し雑な若々しいもので、軍人のような身体のラインに沿った服装がよく似合っていた。


純粋な目で見つめられるのは困ってしまうので、多少乱暴だとしても彼の手を振り払うしかなかった。


「知らない方に求婚されても困ります」


「だよなぁ、わかる」


わかるならばそんな無謀なことをしないでほしい。


これ以上関わっても面倒なだけだとため息を吐き、武器をおろして刃の部分に布を巻いた。


「あなた、よくこんな場所で求婚できたわね」


「オレもびっくり。だけど惚れてしまったら気持ちは伝えねぇと」


「私は……」


ヒュッと空を切る音がして私は目を閉じてそれがぶつかるのを待つ。


「おっと、危ねぇな」


それを彼は前に出てキャッチし、飛んできた石を地面に落として手を払う。


「あ、あなた何をして……!」


「ん? 石飛んできたから。キレイな顔に当たったらイヤだろ」


「いいのよ! だって私、死神なんだから!」


凍える日々が続き、飢餓に耐えきれれずに春を迎える村は多い。


たくさんの人が死に絶えていくなかで、稀に死にきれずに苦しむ者がいる。


それが私の役割であり、死神と呼ばれる由縁だった。


「死神ねぇ……。こんな美人につけるには不吉だろう」


「何バカなこと言ってるの。求婚ならお断りします。……早く去らないとあなたも狩るわよ」


「え、無理だけど」


間髪をいれずに却下され、私は不意打ちを食らってポカンと口を開く。


「ば、バカなの? 初対面に言うことじゃないわ」


「オレは軍人一家で、嫁に迎えるのは直感でこの人だと思った相手と決まってんだ。君に勘が働いちまったからどうしようもない」


「なにそれ。だったら次の直感がはたらくまで待つことね」


大胆な告白をされても私の心は冷えていくばかり。


そんな情熱的に見つめられても、私が彼と結ばれることはない。


だが何を言っても彼は折れてくれないとわかり、私は最終手段を行使することにした。


「私、死ぬの。そんなに長く生きられない」


死神と呼ばれる身だが、私にだって寿命はある。


儚く散るだけの短き命のため、私は残された時間で会うべき人に会いに行こうとしていた。



「長く生きられないって、理由はなに?」


ここまで言われれば引くしかないはずなのに、彼は思った以上にしぶとい。


先ほどまでの浮ついた雰囲気から一転、真面目な顔をして一途に私を見つめてきた。


あまりに純粋なエメラルドグリーンの瞳に映る私の顔は情けなく歪んでいた。


「決まってるの。私は桜のように儚く短い時間しか生きられないって」


終わりを見つめることは怖い。


人の命を奪うしか出来ない私はこうして石を投げられて死ぬのがお似合いだ。


生きるべきは私ではなかったと戒めて、私は会うべき人を求めて旅をしていた。


「私といたらあなたも長く生きられないかも。……だからごめんなさい」


彼に頭を下げ、私は全力で拒絶して魂を狩ったばかりの鎌を背負う。


村の先にある山を目指して歩き出し、空を見上げればたくさんの魂がさ迷いながらも昇ろうとしていた。


「お姉ちゃん……」


さがしているのはたった一人の姉。

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