第2話 ウェディングプランナーです(2)
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信純、ごめん!この後の打ち合わせの準備がまだできてへんくて…向かいに座っている信純に心の中で謝る。声に出して謝る時間さえ、今は惜しい。この式場には、ウェディングプランナーが10人いる。私たち3人はその中でも中堅くらい。それぞれ大学卒業後、この会社に就職した。
小学生のとき、母の友人の披露宴に母と一緒に招待してもらった。私はずっと緊張していた。だって、生まれてから今日までに、こんな綺麗な場所に来たことがなかったから。
終始華やかだった。いつもより赤い口紅を濃ゆく塗った母も、母の友人も、この会場にいる皆んなが華やかだった。私も母がいつの間にか用意してくれていた、歩くたびに裾がふわふわするピンクのワンピースを着ている。大人になった気分だった。小学生になってから滅多にコケたこともないはずなのに、こんなお洒落な格好で派手にコケたら恥ずかしいな、なんてソワソワしながらフカフカの絨毯を歩いた。
披露宴中は、太陽の光がこれでもかと降り注ぐ大きな窓ガラスの前に、花嫁さんと新郎さんが並んで座っていた。花嫁さんは、カラフルなお花がポンポン咲いていくかのように次から次へと笑顔が溢れ出ていた。とにかく華やかだった。今までこんなにキラキラした空気を見たことがない。
この披露宴に参列してから、ウェディングというものに漠然と憧れを抱いた。当時、小学生だった私にはウェディングを職にするという考えにまでは及ばなかったが、就職活動を始めるとき、真っ先にウェディングという言葉が浮かんだ。
就職してから早くも6年。充実しすぎる日々を送っている。
「左様でございますか。はい、かしこまりました。もしよければ、神崎がおりますのでこのままお電話をお繋ぎいたしましょうか?
えっ、あ、はい。かしこまりました。それでは私より申し伝えておき...」
受話器を置くのと同時に私を見る。電話口で「神崎」と言われた瞬間から気になり、信純のことを見ていたので信純がこちらを向くのと同時に目が合う。
「今日、打ち合わせ予定だった井上様・小橋様の新婦様からで、体調不良で打ち合わせに来れなくなったって。」
愕然とした。
たった今、必死に打ち合わせの準備をしていたお客様だったからだ。それだけではない。今日の打ち合わせは、フローリスト、パティシエ、司会者、音響オペレーター、そして私との打ち合わせがある。
つまり、お二人の都合のいい日且つ、それぞれ打ち合わせをするスタッフの予定をなんとかスケジューリングしたのだ。体調が悪い中、無理して来て欲しいとまでは思わない。もちろん、心配だ。信純から私に電話を変わって、話すのさえしんどい状態なのだろう。
でも言わせて欲しい。
これだけの人のスケジュールを合わせるのって大変やったのよーーーーーー。
もちろん心の中に留めるが、顔に出てしまっていたのか、鈴香がパソコン上で私のスケジュールを見ながら、「あちゃー」と苦い顔をしてくれた。全社員のスケジュールは、社内独自のスケジュールアプリで管理されており、誰でも閲覧できるようになっている。
「どんまい、やね。」
「うんうん、どんまい。」
鈴香も信純も、こればっかりは可哀想という眼差しを向けてくる。
「私、打ち合わせがキャンセルになったので、ガンガン電話とりまーす!」
オフィスの皆に聞こえるように右手をあげながら、くるっとまわって伝える。
「センキュー」
「美緒、どんまーい!」
先輩たちがパソコンからチラッと顔をあげて、何かしら声をかけてくれる。
皆、常々自分の仕事に追われている。ウェディングという職柄のせいか女性の割合が多い。でも私語は少ない方だと思う。結婚式・披露宴の華やかな舞台の裏側は、黙々とパソコンに向かって作業を進める地味な仕事なのだ。
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