***ドレスの重さ、知ってます?***
ちょこれーと
第1話 ウェディングプランナーです
「ねえ、あれ取ってきてくれへん?」
彼女の見つめる先にはコピー機。たった今、パソコンからデータを飛ばして印刷したであろうA4サイズの用紙が、ひらりと1枚滑り落ちてくるところだった。
「いやいや、どう距離を測っても小早川のほうがコピー機に近い。」
俺の左隣に小早川。右側は焦茶色の窓枠にはめられた開くことのない小さめの窓ガラス。小早川の隣にはあとふたりは座れるくらいのデスクが空いている。そしてその先にコピー機。
「鈴香(すずか)、信純(しんじ)のこと雑に使わんときや。ここぞというときに使わんと!」
「いやいやいやいや、なになん?ここぞというときって。」
小早川が声を発するよりも先に、俺の口が動いた。
「そんなん今は分からへんけど、この仕事してたら必ずここぞという時があるねん。」
やり合っても無駄だと思い、俺と小早川の向かいに座っている神崎を無視する。
「せやね。いつかのここぞというときのために、今は信純のこと使うんやめとくわ。」
小早川がコピー機に向かって席を立つ。
はいはい、勝手に言っとけ。どうせ取りに行くなら、最初から何も言わんとけばいいのに。思っていることは多々あるが、華奢な背中に向かって視線だけ送っておく。細めた目で。今は、というか勤務中は常に1秒足りとも無駄にしたくない。パソコンのキーボードに添えていたままの指を動かす。お客様から届いたメールが何通も溜まっている。画面右下の時計を見る。13時。昼飯は今日も抜きだな。
小早川 鈴香は俺と同期入社で28歳。
顎のラインに切りそろえたボブカットをセンターで一直線に分けられている。右側の髪を耳にかける癖があり、そのときだけ見える耳たぶの上のパール。細くて柔らかい髪はすぐにさらさらともとの位置に戻ってくるので、さほどパールの必要はないように感じるが、仕事中はかかさず付けられている。彼女にとって仕事とプライベートのスイッチになるらしい。
整った二重瞼の下には、栗色の瞳。彼女と面と向かって喋る時、この瞳に吸い寄せられそうになる。だから俺は彼女と喋るときは品よく座っているであろうパールの方を見る。とはいっても、慌ただしい日々を過ごす中、ゆっくり喋る機会もさほどないのだが。
パソコンのキーボードをうつ音が広がる中、オフィスの電話が鳴る。2コール鳴った後、誰も出ないから自分で受話器をとる。俺だってメールが溜まってるのに。俺、小早川、そして真向かいの席の神崎が、今オフィスにいるメンバーの中で一番下っ端だ。後輩たちは、年に数回ある研修をうけるために社外に出ている。
「お電話ありがとうございます。結婚式場 北野坂ガーデンヒルズでございます。」
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