第三話:ザ・ヴァイスの卑劣な罠! 怪獣人間化計画始動!?
樺太半島沖、秘密の海底洞窟
静寂に包まれた洞窟の奥深く。カメコとドラコは、東京での激戦と、その後の和解による疲労で、深い眠りについていた。
その巨大な影に、三人の「ザ・ヴァイス」特殊戦闘員が、音もなく近づいていた。彼らの背負ったタンクには、天才科学者ドクター・エリスが開発した「ヒューマナイズ・ナノポッド(人間化薬)」が充填されている。
「目標を確認。亀型個体(カメコ)と竜型個体(ドラコ)。ジーレックは現在、餌の調達で外出中。睡眠中だ……運が良い……」
戦闘員たちは、小型ドローンで二体の怪獣に向けて、濃い霧状の薬物を一斉に噴射した。薬物は怪獣の分厚い皮膚を通過し、瞬時に血液に取り込まれていく。
――シュウウウッ!
怪獣の体から、熱と蒸気が立ち上る。彼らはそれが成功の証だと確信し、すぐに洞窟を後にした。
彼らが去った後、洞窟には異様な静寂が戻った。しかし、その静寂の中で、二体の巨大怪獣の体は、信じられない現象を起こし始めていた。皮膚が光り、体が急速に縮小していく。巨大な鱗や甲羅が収束し、ついには、その場には『二人の美しい女性』の姿だけが、静かに横たわっていた。
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その数分後。
――バシャァン!
巨大な水しぶきと共に、ジーレックが洞窟の入口に姿を現した。彼の口元には、誇らしげに特大サイズのダイオウイカがぶら下がっている。
「カメコにドラコ! ただいまやで! 見てみい! 今日のイカはゴッツイで! これで『イカ入りタコ焼き味の鍋』がたらふく食えるやろ!」
ジーレックは上機嫌で洞窟の奥に進んだ。普段なら、カメコの静かな声や、ドラコの甲高い東北訛りの返事が聞こえるはずだった。
だが、返事はない。
ジーレックがいつもの就寝場所に辿り着いたとき、彼は全身の血液が一瞬で凍り付くような光景を目の当たりにした。
そこには、巨大な怪獣の姿はなかった。
代わりに、今カノのカメコが横たわっていたはずの場所には、黒曜石のような艶やかな黒髪と、雪のように白い肌を持った、非常に穏やかで神秘的な美人が静かに眠っている。そして、その隣、ドラコがいた場所には、絹のように繊細な金髪をした、柔らかな雰囲気を全身に纏った美女が、寝息を立てていた。
二人とも、怪獣だった時の面影を奇妙に残した、まさに絶世の美女だった。
ジーレックは、口からダイオウイカを落とし、そのイカが水たまりに落ちる音すら聞こえないほど、驚愕に固まった。
「ど、どうなってんねん!?」
ジーレックは、恐る恐る自分の手を見た。彼の巨大な手、分厚い皮膚、恐竜のような甲殻。彼の姿だけは、怪獣のままだった。
彼は、目の前の二人の女性が、自分の妻と元カノであることを、すぐに理解した。
「カメコ……ドラコ……!」
そして、彼は、ある恐ろしい事実に気づいた。二人の体の下には、微かに薬品のような匂いが残っていたのだ。
「アイツらやろ! ザ・ヴァイス!!」
彼の怒りは、熱線となって体外に放出される代わりに、彼の「情」という巨大な感情となって、彼の内側で爆発した。
「ワイを怒らせたら、どうなるか分からへんのかい! 覚悟しとけよ、ザ・ヴァイス!」
ジーレックは、愛する者を人間の姿に変えられてしまった屈辱と、底知れない不安に苛まれながら、二人の女性を慎重に抱え上げた。
最強の守護神は愛する者が弱き「人間」になった今、彼自身が怪獣のままでいるという、最も皮肉で、そして最も危険な状況に立たされたのだ。
樺太半島沖、航行中のジーレック
ジーレックは、その巨大な腕に、人間に姿を変えられたカメコとドラコを、極度の緊張感を持って抱えていた。彼の巨大な指先は、女性たちの柔らかい皮膚に触れるたび、その脆弱さに怯えた。
「ハヤト! ハヤトォ!! 応答せえ、コラァ!」
ジーレックは、自らの熱線出力を最低限まで抑えた通信で、特務機関Gのハヤトに激しく呼びかけた。
通信ホログラムに、青ざめた顔のハヤトが映し出される。彼はまだ、ジーレックの元カノと今カノが、美しすぎる人間の女性に変貌したという事実を知らない。
「ジーレック様どうされましたか!? 緊急事態と判断しましたが、何が起きたんです!」
「緊急事態どころの騒ぎやないわ! あの胡散臭い秘密結社のクソども、ワイの女たちを……ワイの女たちを……!」
ジーレックは、口元まで怒りが込み上げてくるのを堪えながら、必死に言葉を選んだ。
「――人間にしよった!」
ホログラムの向こう側で、ハヤトは一瞬、時間が止まったように動きを止めた。
「……え? ヒューマナイズですか? まさか、カメコ様とドラコ様が!?」
「そのまさかやねん! ワイの腕ん中に、メチャクチャ美人な二人が裸でおるんや!」
ジーレックは、愛する者たちのプライバシーを守るため、頭に設置されたカメラが二人を移さない位置で泳いでいる。
「ハヤト、すぐに青森支部に連絡せえ! ワイは今から、最速で青森の海を目指す! そこで、最高の医療チームを用意せえ!」
「承知いたしました! 医療チームに連絡を入れます。しかし、ジーレック様、その……カメラ越しでもある程度の診察はできるのですが……」
ハヤトが恐る恐る尋ねると、ジーレックは、彼に聞こえるギリギリの音量で、最も恐ろしい脅しをかけた。
「ええか、ハヤト? この二人、ワイの女や。誰一人として、この二人の裸を写真に撮ったり、残したりできへんわ……この通信録画しとるんやろ……」
ジーレックの目は、熱線こそ放っていないが、核爆弾レベルの脅威を宿していた。
「 ワイが本気出したらなぁ、東京どころか世界中のタコ焼き屋が潰れると思え!」
「は、はい! 命にかけて、お二人の安全とプライバシーを最優先で確保します! ジーレック様、青森支部まであと数時間です! 無理をなさらずに!」
通信が途絶すると、ジーレックは荒々しく息を吐き出し、再びカメコとドラコを見下ろした。カメコの穏やかな寝顔は、怪獣の時と変わらないが、その脆弱な人間の体は、ジーレックの心を締め付けた。
「カメコにドラコ……待っとけよ。ワイが必ず、お前らを元の姿に戻す! そんで、倍返しでザ・ヴァイスに叩きつけてやるからな!」
ジーレックは、愛する者たちを守るという、「守護神」として、「男」としての情を胸に、静かに、しかし最速で、北の海を南下していった。彼の心の中には、彼女達の安全という、かつてないほど重い荷がのしかかっていた。
青森県、特務機関G・青森支部、地下医療施設
ジーレックによって緊急搬送されたカメコとドラコは、G特務機関の最高レベルの医療施設に収容された。ハヤト以下、全ての隊員はジーレックの脅し通り、二人の「病人」のプライバシーを絶対厳守し、精密検査に当たった。
巨大施設の庭に怪獣の姿のジーレックが鎮座していた。その目の前、特別製のソファに座っているのは、人間の姿となったカメコとドラコだ。彼女たちには、G機関が緊急で用意した人間の服が着せられていた。カメコは落ち着いた藍色のレディーススーツ、ドラコはふんわりした印象を見せる白いワンピース、二人の美しさは息をのむほどだった。
やがて、ハヤトが医療チームを伴い、緊張した面持ちで結果を報告した。
「ジーレック様……検査結果が出ました。お二人は……完全に健康体です」
ハヤトは安堵と驚愕が混じった声で続けた。
「ナノポッドは完全に定着し、お二人の体は健康そのものです。命の危険はありません。ただし、元の怪獣の姿に戻る方法は……まだ発見できておりません」
ジーレックは安堵の咆哮を上げたい衝動を抑え、深く息を吐いた。
「よかった……ホンマ、良かったわ……」
しかし、その後の二人の会話は、ジーレックの想像を超えていた。
「ねぇ、ジーレック」
カメコは、傍らに置かれた「りんごのタルト」の皿を優雅に持ち上げ、目を輝かせた。
「人間ってすごいわね。このりんごのタルトって、なんて複雑で美味しいの! 甲羅で食べてたダイオウイカのタコ焼きも悪くなかったけど、この繊細な甘さは、怪獣じゃ味わえなかったわ」
「んだな!」
ドラコが力強く同意した。彼女は、差し入れられた海鮮丼を頬張りながら、東北訛りでまくし立てる。
「タコ焼きもいいけど、このウニとイクラの旨味……怪獣の時は、全部まとめて生でゴックンだったっちゃ! こんな美味いもん、人間にならねぇと食えねぇなんて、人生……いや、怪獣生損しただべ!」
二人は、人間の食べ物に心から感激し、美食の喜びに浸っていた。
ジーレックは、そのあまりの幸福そうな姿と、自分が一生味わえない繊細な食体験を目の当たりにして、打ちのめされた。
「そ、そこまで感激するんか……ワイの作ったタコ焼きは……愛情たっぷりやったやろ!?」
カメコは微笑み、ジーレックの巨大な鼻先に、タルトの小さな欠片を差し出した。
「愛情は知ってるわ。でも、あなたは私たちと一緒に、この喜びを分かち合いたくないの?」
ドラコが、海鮮丼の皿をジーレックに向けて掲げた。
「そうだっちゃ、ジーレック! おめぇも**人間になりなよ! 人間も悪くないっちゃ♪ 怪獣なんて面倒くせぇし、おめぇも人間になればいいっちゃ」
二人の女性は、純粋な目で見つめてきた。人間になることへの恐怖や絶望ではなく、「人間としての平和な生活」への憧れを込めて。
ジーレックは、その誘いに激しく葛藤した。
「アカン! ワイが人間になったら、誰が大怪獣バトルやるんや! ザ・ヴァイスが元カノ送り込んでくるかもしれんやろ!? ワイが怪獣やからこそ、お前らを守れるんや!」
しかし、カメコはジーレックの言葉に笑みを見せ、きっぱりと言い放った。
「ジーベック。人間はそんなに弱い存在じゃないわよ、今までは貴方がお節介し過ぎたのよ、案外どうにかなるわ」
愛する二人の女性からの、予想外で、そして最も強力な「誘惑」。
ジーレックの心は揺らいだ。守護神としての使命と、愛する者と共に平和に生きるという**「個人的な愛」**。どちらを選ぶべきか、彼は答えを出せずにいた。
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