第25話 ティーパーティ
彼女に促され車に乗り込んだ神栖御琴。些か久留米刹那という女には似つかわないと感じる黒塗りのソレの車内は、見た目以上に広々としている一方で随分と落ち着かない……そんな心情を抱く。
そして車が発進してしばらくした後、ふと神栖はひとつ環境が変わるだけでこうも世界は違って見えるものなのかと、窓越しの景色に目を向けながら考えていた。
そんな彼の頬に突如ひんやりとした感覚が。
「よお神栖御琴。ジュースは要るか?」
隣に座る久留米刹那の手にはキンキンに冷えた2本の缶ジュース。
「コーラとファンタ、どっちが良い?」
「じゃあファンタで」
とりあえず受け取っておいてやる。そっけなくファンタを手に取る神栖だったが、そんな彼の心情を察したかのように、
「こんな高級車、乗ってて疲れるよなあ?私もそうだった。でも直に慣れる。嫌でもな」
彼女の言葉に“そんなものか”と妙に納得してしまった神栖。まあ人生というものはなんでも経験。慣れさえしてしまえばどんな非日常も日常のものとなる。
まあ嫌でも慣れる程に、こんな高級車なんぞに乗りたくはないというのが、神栖の本音なのだが。
彼は缶ジュースの栓を開け、夕暮れの街に目を移しながら一口。葡萄の甘酸っぱさを一層強く感じたひと時だった。
――――――――――――――――
10分ほど走らせたのち、車は停車した。
「ここだ。降りるぞ、神栖御琴」
彼女に言われるがまま、神栖が車から降りた先に広がっていたのは、繁華街。まだ陽も落ちてない内から随分な賑わいを見せるこの街の中で、神栖と久留米の視線の先には、
「は……?なんですかここ。ホストクラブ?」
「正解。お前を呼び出した主はここに居る。入ろうぜ」
そう、一軒のホストクラブ。雑居ビルが立ち並ぶ中、一際輝きを放つその店に“神栖を呼び出した主”が居ると言う。
いざ店内へと足を踏み入れると、そこはまるで異世界だった。煌びやかな内装に、シャレオツな間接照明。シックでありつつもゴージャスな雰囲気に包まれるこの空間に、神栖は成す術も無くただ圧倒されていた。まだ営業前ということもあり、スタッフの数もまばらで店内BGMも流れていない、言わば静寂が広がる店内だが、無垢な高校生1人を驚かせるにはこれでも充分過ぎるだろう。
するとここで入口の人影に気付いたのか、神栖と久留米の元に1人の男がやってきた。
「やあ。来るのを待っていましたよ、久留米。そちらの彼が例の?」
「そう、神栖御琴」
現れたのはいかにもな高級スーツに身を包んだ長身の男。一応で会釈しておく神栖の元に、男はゆっくりと歩み寄る。
「ようこそロストボーイへ。私は長門大河と申します。あなたを歓迎しますよ、神栖御琴」
一瞬たりとも笑顔を崩さぬ長門という男に、神栖は正直のところ気色悪さを覚えた。きっと彼は長門の思い通りに事が運ぶのが心底気に入らなかったのだろう。
「フルネーム呼びやめてください、そこの久留米さんも。聞いててイライラします」
彼らの間に沈黙が流れた。
また随分と棘のある言い方をするものだが、神栖御琴は良くも悪くも素直な子なのだ。思いもよらぬ言葉に呆気にとられる久留米と長門だったが、
「ふふっ。なるほど、これは失礼しました」
長門は不敵に笑ってみせる。
「それもそうですね、では“神栖君”で如何でしょうか。下のお名前で呼ぶのは、まだ馴れ馴れしいかと思いまして」
「まあ、フルネームよりはマシです」
「わかりました。久留米、あなたもこれからは“神栖君”で」
「あいよ」
「さて神栖君、立ち話も難です。今ご案内しますので、そちらでお話しましょうか。久留米も一緒に」
間も無くして彼に案内された先はVIPルーム。一般席もなかなかに雰囲気があったものだが、VIPともなるとやはり数段上というべきか。辺り一面に彼岸花を思わせる装飾が散りばめられており、間接照明によって部屋は真紅に染め上げられている。随分と凝った内装である。
「ロストボーイは冥界をイメージして作りあげたホストクラブでしてね。そんな中でもこのVIPルームには彼岸花を取り入れたいと私自身が強く推したのです。おかげで費用的にも期間的にも完成まで随分と掛かってしまったのですが、それだけの価値があったと私はとても満足しているのです。
とまあ雑談はこれくらいにしておきまして、まずは一杯やってからにしましょう。神栖君は未成年なのでソフトドリンクで、何かお気に召すものがあれば」
「じゃあコーラで」
「私もコーラにしようかね」
「おやおや、では私だけが別のものというのも無粋ですね。ここは3人仲良くコーラでいきますか」
そしてたった1分も経たぬ内に、3人の元へと瓶コーラが運ばれてきた。ウエイターが3本のコーラの栓を抜くと、グラスに並々と注いでいく。
「さて。揃ったことですし、いただきましょうか。今日の出逢いに、乾杯」
こんなに気分の乗らない乾杯もあるものなのかと、神栖は感じていた。だが郷に入っては郷に従え、仕方なく久留米と長門のグラスにコツンとあわせておく。3人それぞれがグラスへ口をつけひと息吐いたところで、
「やはり飲むならソフトドリンクですね。アルコールも良いですが、呑み過ぎると毒だというのがね」
「でも聞いたよリーダー。昨日も随分とご活躍だったらしいじゃない」
「昨日は太客が3人もきてくださりましたからね。盛り上がったのは彼女らのおかげであって、私の力は些細なものに過ぎません。それに…」
「で、そんな売れっ子ホストさんが僕に何の用ですか」
神栖が声を遮った。大人のつまらぬ話に早くも嫌気がさした彼だったがそもそもの話、なんで学校帰りにこんな場所へ寄らねばならぬのか。そんな不満がもはや爆発寸前なのである。長門はそんな彼の様子に笑みを浮かべると、
「ふふっ“売れっ子ホスト”ですか、悪くない響きです。ではそろそろ本題といきましょうかね」
彼は前のめりになり座り直すと、神栖の眼を一点に見つめて神妙な面持ちで切り出した。
「私は確かにホストですが、それは表向きの顔です。ホストが表向きというのも可笑しな話ですが。神栖君、ティーパーティはご存知ですか」
「なんですかソレ。お茶会?」
「まあ直訳ではそうなりますね。ティーパーティとは、差別や偏見に苦しむ異能力者を支援する団体です。そしてそのティーパーティのリーダーがこの私、長門大河という訳です。差別、偏見。そういった社会の不条理には、神栖君も心当たりがありませんか?」
「確かに、その2つには僕もウンザリとしていたところです」
「それは良かった。我々はあなたのような異能力者に救いの手を差し伸べたいのです。そして神栖君にもまた、そういった苦しみの中に生きる異能力者達を救ってほしい。私はそう考えています」
「つまりなんですか。僕もまた、ティーパーティの一員となれと?」
「話が早くて助かります。君の千里眼。いやデュアルスキルは、我々ティーパーティの大きな助けとなることでしょう」
「……は?」
ちょっと待て。何故この男は神栖がデュアルスキラーであることを知っている?一度だってこの男には喋ってなどいないはずだ。
「………デュアルスキル?一体なんのことですか」
しらを切る神栖の言葉に、長門はニヤリと口角を上げて答える。
「私達が知らないとでも?神栖君。あなたは数日前、池袋で戦闘をしていたはずです」
その通り、神栖は何でも屋である本宮一番と戦闘を繰り広げた。
しかし、まさかそれを見られていたのか?彼は思わず眉間にしわを寄せる。
「あの公園で人払いをしたのも、我々ティーパーティの構成員でしてね。私のもとには件の戦闘の内容も、事細かに報告が上がっているのです。本宮一番という男の、異能の応用は大したものですがやはり、あなたのデュアルスキルは一際強く輝きを放っていた。君の異能は暗闇を照らす光だ。私はそう確信しているのです。私はあなたの行く末を見届けたい」
本宮との戦闘後、公園内の人の数が随分と減っていたのはそういうことだったのだろう。人払い。恐らくは精神操作系の異能の中でもかなり高度なスキルだと推測出来る。しかし長門のもとに返ってきた神栖の答えは、彼にとって予想外なものとなる。
「それだけ褒めちぎられれば気分も良いものですが、答えは最初から決まってます。NOです」
神栖は両手でバッテンを作り彼の誘いを断る。その様子を目にし、長門はグラスを手に取りながら一言、
「理由をお聞きしても?」
「ええ、長門さんは学生時代、何か部活はしてました?」
「これはまた懐かしい話題を。そうですね、私は中高一貫してサッカーをやっていました。名門校との試合、そこで鉄壁のゴールキーパーから点を取った日は、喜びと興奮で一睡も出来なかったのを覚えています」
「へえ。長門さんは点取り屋だったんですね。まあ、部活動は1人ひとつまでってのが鉄板でしょう?僕、もう本宮さんのもとで何でも屋をするって決めたんで。
正直、あの人と戦った時は心底めちゃくちゃなヤツだと思った。公園で水素爆発なんてあり得ないでしょ?
でも僕が何でも屋をやるって決断した時、あの人は凄く嬉しそうにしてたんです。僕はその時、この人を裏切れない。いや、裏切っちゃいけないと思ったんです」
「なるほど」
長門は困ったような笑みをこぼした。そして神栖へ1つの質問を投げ掛ける。
「本宮一番。彼は、良い人ですか?」
「ぷふっ、あははははは!」
彼の質問に神栖は思わず笑ってしまった。出逢ってからずっと、堅っ苦しい印象しか抱けなかった長門大河の口からこんな言葉が飛び出したのだ。神栖はひとしきり笑いきると、
「どうでしょうね。でも、真っ直ぐな人だってことはわかります」
神栖の答えに、どうやら納得した様子の長門。この間ずーっとスマホを構っていた久留米は不満げな表情を浮かべながら、
「なんだよリーダー、勧誘失敗してるじゃねーですか」
「そんな日もありますよ。ですが私は諦めたつもりはありません。気が変わった時はいつでも私にご連絡ください」
そう言って長門は、営業用の名刺を神栖に手渡した。しかし久留米はそんな2人を遮るように、
「学生相手に名刺渡したって明日には存在そのものを忘れられてるでしょうよ。こういうのは連絡先交換が1番なんだよ」
と、久留米は神栖のもとに詰め寄ると、遠慮の“え”の字も無しに彼の両のポケットへ手を突っ込む。
「ちょっ何してるんですか!?てかドコ触ってるんですか!?」
「良いだろ減るもんじゃねえし。おっスマホ発見」
どうやら良からぬ場所も触られ、というか握られてしまった様子の神栖は顔を真紅に染め上げるが、そんな彼のことなどお構い無しの久留米は2台のスマホを慣れた手つきで操作すると、一瞬の内に連絡先交換を済ませてしまった。
「これでいつでも連絡出来るな。暇な時は恋愛相談にも乗ってやる」
「しないですよアンタなんかに」
「やれやれ。まあ久留米も悪い人ではないですから、どうか仲良くしてやってください」
「はあ、」
神栖はため息混じりに席を立ち上がる。彼は2人に一礼すると、
「じゃあもう用は済みましたよね。僕はこれで帰らせてもらいます。何でも屋にも顔を出さないといけないんで」
「ああ、それなんですが」
VIPルームから出ようとしたところで、そんな彼を長門は静止させた。背を向ける神栖に対し、長門は言葉を続ける。
「実はもうひとつ、一依頼人として、あなた方何でも屋さんに頼みがあるのです」
VIPルーム入口に手を掛けた神栖だったが、長門の言葉を耳にし再び彼らの方へと振り返った。
「はあ。それは別に良いですけど、どんな依頼ですか」
神栖の視線の先で、長門大河はただ微笑む。そして彼の発した言葉に、神栖は自身の耳を疑った。
「単刀直入に言いましょう。あなた方にお願いしたいのは、アイドル燕碧の粛清です」
「…………は?」
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