「ロケハン」

　最高の夕焼けを。車を走らせる。川沿いの高台。見えた。欲しかった景色が目の前に広がった。

市街地にある時刻が表示される塔。周辺の木々。その左右に広がるオフィスビル。真正面に深い山。決め手は空だ。燃える夕焼け。その上を横切る茜色の雲。塔の時刻表示の色はオレンジ。パーフェクトだ。

　この２週間、車で探した甲斐があった。理想のロケ地。最終確認は、両手の親指と人差し指で長方形を作る。昔からのくせ。場所と時刻、周辺の景色を記憶する。

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　１番手前の金髪とピアスの男。たいてい机に突伏して寝ている。腰履きのジーンズにチェーンがじゃらじゃら。斜め後ろに茶髪の毛先の枝毛を切る女。長いつめには、いろいろな飾り。

　　　「仕事、覚えてから、業界人ぶってくれ」。

　　　「そのつめじゃ、機材、さわれないから」

　すべて飲み込む。ここで若者を刺激しても得はない。高い学費は親が納入済み。

あくまで雇われ講師だ。無駄な体力は使わない。

　放送技術などを教える専門学校の教室にいる。本業は、映像制作を請け負う小さな会社の社員だ。２０歳で入社して１８年目。副業で、この専門学校で教えている。

　昔は地元のテレビ局の下請け仕事がもっぱらだった。今は入学時点で、ユーチューブなどの動画制作を目指す者も多い。ほかには音響技術、照明技術などのライブスタッフ、レコーディング技術者などか。実技練習をするスタジオも完備する。

　いわゆる「業界」を目指す若者が多いから、ファッション系とまではいかないが、とがった若者も多い。

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　今、本業で担っているのは、地元出身のバンドのMV(ミュージックビデオ）の制作だ。１番好きな仕事。このまち発のバンドだからこそ、映像にまちの最高の景色を盛り込みたい。夕日が美しいまち並み。まちなかを走る川。有名芸術家が監修した公園。人々の暮らしのワンシーン。期限は十分。久々にこだわりたい。

　歌詞の気になるワードを書き出す。頭の中に蓄積されたシーンとつなげる。コンテに書き出す。

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　撮影当日の夕方。川沿いの高台にいる。固定したカメラの周辺には学生３人。実技実習だ。ロケーション・ハンティングの重要性は、教室で説明済みだ。カメラの操作も実技済み。今日は本番の注意点などを現場で話す。目の前に夕焼け空。この季節特有の美しさが広がった。カメラを回し始める。

　異音が聞こえた。複数の人が走り寄ってくる音。声。高台の左側から。

「どいて！どいて！」。

　黒いカメラを持つカメラマン。マイクを持つ記者がこちらに駆けてくる。複数の社か。５人以上はいる。テレビクルー。

「火事あったから！撮影するから！どいて！」

　カメラマンは右肩にカメラをのせた。他社も同様。自分の固定カメラを守るため、脇によける。高台にほど近い民家から、煙と炎が見えた。

「こっちも撮影中なんだけど」。

　固定カメラに貼った自社のシールを見せる。狭い業界だ。テレビ関係者なら知っているはず。

「こっちは報道だから。時間、迫ってるから。夕方のニュースに入れないと」。

　遅れて走ってきた、あのミラーレス一眼は新聞社か。

なるほど。家事の民家も、ここからよく見える。頭の片隅で思う。

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　帰宅した。スマホでニュースを見る。火事は死傷者なし。３人暮らしの家族。その日は仕事が休みだった父親が、昼に寝落ちした際の煙草の火の不始末が原因だった。

　あれから２週間。MVは仕上げた。理想の夕焼けではなかったが。

秋は終わった。高台から見ても切なさを帯びた夕焼け空はない。あの曲にふさわしい夕焼けが。

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　その夜。火事があった民家に近づく。２階の外壁の一角には焦げあと。でも家の中には灯りが見える。ビニール袋から取り出した。新聞紙とライター。あの夕焼けは再現できない。どうでもいい火事の報道とやらで。納得できない。

　この家の玄関先は雑然としている。玄関先に積まれた段ボール。新聞紙につけた火を近づける。燃え移った。

　「おっさん、ストップね」。

振り向く。うしろの暗闇に、金髪ピアスが立っていた。スマホをこちらに向けて。

　「それはダメでしょ。ひととして」。

声に笑いが含む。

　「おれね、あんたの授業、意外とちゃんときいてたのよ。映像には人間性が出る、だっけ？。あと自分の直感を大切にしろ、だっけ？」

こちらに歩いてくる。

　「最近、おっさん、様子おかしかったから。なんかやるなって。おれの直感、当たった」。

　あの日の学生の１人。金髪ピアスが続ける。

「今のおれらの動画ってね、美しさとかじゃないの。再生回数なの」。

　後ろの段ボールの赤が増す。

「通報したら？。人、死んだら、しゃれになんないよ」。

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　おっさんはスマホで１１９番に電話し始めた。

早く帰って動画編集しなきゃ。サムネイルとタイトル、考えなきゃ。

　でも得したな。こういうの、なんていうんだっけ。たしか漁夫の利？故事成語だよね。新聞めくったら答えがわかるクイズに載ってたよ。やっぱ新聞って読むもんだね。火、つけるよりさ。

　タイトルは「報道 vs. MV vs. ユーチューブ」でどうよ？

映画で似たの、よくあるじゃん。

何回、再生されるかな？。登録者数、増えて、盾、もらえたりして。

（了）