仮想

天津蒼生 / サン少佐

ただの誘拐

 ――何かが見ている、得体の知れぬ“何か”が、人間ひとの善悪を見定めるべく、見ている。

もっとも、その“何か”とは私である。


〝……〟


 そんな理由わけは絡んでいないが、私は見ている。善悪だの、そのような事は知らないし、神罰と評して病魔を振り撒くような事もしていない。少なくとも私は、そのような性分ではない。

いや、そういった超自然的存在の創造を受けた世界だってあるかもしれないが、私はただ、見ているだけである。これは趣味なのだ。半ば神に成らんとするような、そして我が子ひとにとっては実際に神へと成るような、面白い遊びだ。


――さて、君。私の趣味に付き合ってくれないか。


 確か■■■と言ったかね、そうか。うん。

病床でラノベを読み漁っていた君には察せるだろうが、そうとも、これは異世界転生だ。

…あぁ、分からないよ?これは君の妄想かもしれないし、君が私の妄想なのかもしれない。でも、そんな事…どうだって良いじゃないか。君はここにいる、そして私も。それが重要なんじゃないかい?


 …よく、分からないって?いや、よく分かるように説明すれば君の脳味噌が耐えられないだろうから、つまり、えっと……だから曖昧な情報伝達方法で君に伝えているんだ。音と表情を含む言語的手段を……。


〝……〟


 いや、まぁ。言語でも伝えられるし、話してもいい。つまり……君は私の妄想かもしれないし、私は君の妄想かもしれない。結局の所はがわだ。「どう見えるか。」

 君は私が「思考」を経て「反応」「会話」を実行していると考えているだろう。その逆も然り。だが、もしどちらか一方か双方が存在していないとしたら?

例えば「物語」だ、読者は登場人物が思考し、行動していると無意識下に想定する。しかし物理的には、登場人物は本に書かれた文字の羅列の内にしか存在しない。そこに描かれた「思考」「反応」「会話」は仮初に過ぎない。

だが、読者の心中、即ち物語上では、登場人物達は世界を生きている。喜んで、怒って、悲しんで、短い生涯を楽しむ。最後のページまでしか生きられない、短い生涯を。

 我々はそれを恐れた。もし、この世界が本の1ページか、そこに至るまでの前日譚――物語に描かれない細々とした登場人物の生涯だったとしたら?我々は空想上の登場人物に過ぎなくて、神か何か読者の脳味噌の内部でしか存在でき得ないとしたら……?!


……怖いんだ、私は君たちが世界に見出した、神なのかもしれない。つまり、私は君たちを創っていないかもしれない。そうでないと願いたいが――。


〝……〟


 ――何も分かっていなさそうだな。

いいさ、理由も分からず異世界に飛ばされれば良い。適当に魔王でも倒して来い。生涯を英雄伝ラノベとして小説投稿サイトに流してやる。

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仮想 天津蒼生 / サン少佐 @AkamenoSan

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