第2話 サザエさん
先日は、「サザエさん」役が回ってきました。
あの大きな口の奥に視界用の穴があって、そこから外を覗くと、まるで世界がほんのり赤色のフィルターをかけられたように見えます。ムーミンのときよりずっと見やすいのですが、問題はあの巨大すぎる頭!
歩くたびにぐらぐら揺れて、バランスを取るのが一苦労。控室から社長室までの廊下がやけに長く感じました。
そしていよいよ社長の前に登場。
「おや、今日はサザエさんか! いやあ、頭がでかいなあ。ドアを通るのも大変だったろう?」
社長は早速ニヤニヤしながら冷やかしてきます。
私はというと、ドアをくぐった瞬間から、すでにオロオロしています。
巨大な頭が上にぐらぐら揺れて、少し前かがみにならないとバランスが取れません。視界も赤っぽくてぼんやりしているし、足元のラインが見えなくて一歩ごとに不安定です。お盆を持つ手は震え、背筋はピーンと張っているつもりでも、社長から見たらきっと滑稽に見えたはずです。
「ど、どうにか……入れました……!」
声はサザエさんらしく張り上げてはみたけれど、
“ああもう、この頭、絶対サイズ間違ってるでしょ!”
“でも大丈夫、大丈夫、私はサザエさん! 日本の茶の間を支えてきた肝っ玉母さんなのよ!”
“のりすけさんの家まででも走っていける!って顔してればいいのよ、そう、私はまだいける!”
と、心の中では、必死にやせ我慢の言葉をつぶやき続けていました。
お盆を持つ腕はぷるぷる震えながらも、なんとか笑顔のポーズを決めます。
「社長! サザエさんにかかれば、これくらいの大きな頭でもぜんぜん平気ですわよ!」
でも実際の私は、心臓がバクバク、足元はふらつき、いつコテンとひっくり返るか分からない綱渡り状態。
“頼むし、倒れませんように!”
そんな必死のやせ我慢と、サザエさんモードの強がりの間で揺れながら、私は社長の前に立っていたのです。
私は胸を張って、サザエさんらしく明るい調子で言います。
「もう慣れっこですわよ!このくらいの頭の大きさでバランスを崩していた ら、磯野家の主婦は務まりません!」
その瞬間、社長はにやりと笑い、私の揺れる大きな頭をじっと見つめて言いました。
「ははは! 苦労を笑いに変えるのがサザエさんのすごいところだ。今の君は、それを地で行ってるじゃないか」
私は思わず息をのみました。“あ、バレてる”
本当は頭が重くて、さっきから足もとがおぼつかなくて、全身で必死に耐えていたんのが、社長には全部見透かされていたのです。
「さすが社長、お見通しですね……」
「いやいや、それがいいんだよ。見ていて“ああ、大変そうだな”と思うのに、 口からは明るい言葉しか出てこない。その姿がいちばんサザエさんらしい」
私は苦笑しながらも、胸の奥がじんわり温かくなりました。
“苦労まで笑いに変えられるなら、確かに私も本物のサザエさんだったのかもしれない”
大きな頭をぐらつかせながらも、私はもう一度背筋を伸ばしてポーズを決めました。
「ええ、磯野家の太陽ですから!」
社長は声を上げて笑い、「まったくその通りだ!」と手を叩いてくれました。
その瞬間、重さも不安定さも、不思議と少しだけ軽く感じられたのです。
社長は大笑い。
「ははは! なるほど、さすがは日本一有名な奥さんだ」
「そうですとも。今朝もカツオがランドセル忘れて飛び出していって、追いかけるのが大変だったんですから!」
「おお、臨場感あるなあ。で、波平さんは? 元気かね?」
「もちろん。『バカモーン!』って今朝も大声で叱ってましたよ。あれで近所中が目を覚ましますから、目覚まし時計要らずですわ」
「いやぁ、磯野家の朝はにぎやかだなあ。私の家もそんなふうに活気があればいいんだが」
「社長のお宅も奥さまがしっかりしてらっしゃるから大丈夫でしょう。うちなんて、タラちゃんが転んだら『あら大変!』って家じゅうが走り回る大騒ぎですもの」
社長はすっかり乗ってきて、
「それにしても、サザエさんにお茶を出してもらうなんて、人生で初めてだよ。なんだか夢を見ているみたいだ」
私はお盆をそっと差し出しながら言います。
「どうぞ召し上がってくださいませ」
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