序章ー第7話 初めての「」
冬の初めを感じさせる冷たい風が吹き抜けていく。朝の晴れた空の下、伸びをする。存外、日差しが強い。あれから2週間近く経った。抜け殻のようにぼんやりとしていた子どもの体調も安定している。天気も良い。
(私有地内なら外に出しても問題はないだろう)
残念ながら行楽目的の外出ではない。俺にとっては食育への初挑戦の場へと向かうのだから。彼女は他人が調理した食事は受け付けない。だが自分で作った物なら食べれる。ならば自分で獲った食材から一緒に調理した食事すれば大丈夫なのでは?という発想だ。流石に狩猟採取は幼児には駄目なので今回は収穫に付き合って貰う事にした。緊張した面持ちの彼女に日焼け止めを渡しながら声をかける。
「そんなに緊張しなくていい。畑で収穫を手伝って貰うだけだ」
防寒と防備を兼ねた服から覗く顔は完全に死地に赴く戦士のそれだ。俺が与えた虫除けの独特な香りが鼻をつく。効果は絶大なので虫害の危険は低い。たかが畑にそんなに身構える必要もないのだが…。
「そう、ですね、上手くやれるよう努力します。こちら、ありがとうございます」
片言での返答に苦笑する。渡した日焼け止めをあまりにも神妙な顔で受け取る物だから吹き出しそうになった。それを堪える。硬い動きで容器の蓋を開ける彼女を尻目に道具を用意する。既に準備万端の彼女を抱き上げれば不安げな表情を見せた。
「行くぞ」
大丈夫という意味も込めて慣れない笑顔で語りかけ、緊張でガチガチの彼女を連れて畑へと向かう。目的地に近づけば大半が枯れ、茎葉が土にもたれ掛かっている姿が視界に入った。黄色く色付いたそれらを見て良い塩梅だなと頷く。そんな俺とは対照的な反応を彼女はした。枯れてない?大丈夫?と言いたげな視線が俺へと向けられる。
(初めてだとそういう反応になるのか)
俺もこんな感じだったのだろうか?初めてこれらを育てた時のことを思い出す。本当に大丈夫かと疑いながら育てた日々が懐かしい。適当な場所にしゃがみ、彼女を地面へと降ろした。
「これを君はどう思う?」
何事もまずは観察からさせるのが良い。俺が指差した先をじっと観察する彼女を俺が観察する。そんな奇妙な状況を笑うような鳥の囀りが何処からか聴こえた。
「大半が黄色く枯れています。でも、その子は緑で枯れていません」
「色以外に気が付いたことはあるか?」
「…緑の子はぐったりしてないです」
これ以上、確認をしたり質問をしたりするのは意地が悪いので辞めておこう。こちらからすればただの確認だ。だが、彼女にとっては自信を奪う毒のような時間になりかねない。
「なるほど、良い着眼点だ。君にはこれからこいつらの収穫を手伝って貰う訳だが何の野菜かわかるか?」
今回はあえて教えていなかったそれを聞く。それに対して彼女は素直に首を振った。
「わかりません」
すみません、と謝る彼女に首を振る。別に正解を求めて質問した訳ではないのだ。どちらかと言えば探りを入れたという方が正しい。
「別に謝る必要はない。君にこれから手伝って貰うのは芋の収穫だ。何を収穫するか言わなかったのは君が事前に調べかねないと思ったから勝手に黙っていた」
芋と言った瞬間にハッとしたのを見てやはり教えなくて良かったと確信する。まず間違いなく知識量が俺より確実にこの子は多い。実家であるジグドラソル家には大陸随一の書物の宝庫という話があるくらいだ。下手に座学に手を出すよりも実際に体験して貰って学びを与える方が良いのでは?と言う判断は間違っていなかったようだ。
「謝るべきはこちらだ、なんせ不意打ちのような形なんだからな。すまなかった。念の為、説明するが茎が黄色く枯れていない芋の苗はまだ芋が成長する証だ」
内心、安堵する。悟られないように黄色い葉へと手を掛け掴んだそれを引き抜けば小さな芋が付いてきた。
「基本的に芋が大きく成長していればこんな風に付いてくることはない。この枠に通して通り抜けた芋は食べられないと思ってくれ」
「わかりました」
しつこい説明に真剣な表情で頷いてくれるのが嬉しい。早く他の反応を見てみたいと行動を急かす。
「そこの土を掘ってみろ」
素直に頷き土を掘っていた彼女の表情が変わった。宝物を見つけたかのような、そんな驚きとも喜びとも取れる表情だ。
「ありました!」
そう言って掘り出した物を掲げる。かなり立派な大きさの芋だ。小さい両手で掘り出したそれの土を手で彼女は払った。次いで、目を輝かせて差し出される。貴方の物でしょう?と彼女は首を傾げて俺を見上げてくる。
「ありがとう。これからやる事はわかったか?」
受け取り確認すれば普段よりも大きく頷いた。それからは抜いて掘って小さい物は枠に通して確認する作業を繰り返しだった。水分補給と小休憩を挟みながらやっているうちに作業に慣れたらしい。最初こそ硬かった動きは徐々に軟化し、最終的には流れるような動きになっていく。驚いたのは彼女の小さな身体には思ったよりも体力があった事だ。食の細さを改善すればもっと体力が付いて力強くなるだろう。心なしか表情が明るい。思ったより好感触で安心する。
(思ったよりも早く終わったな)
そこまで広くない畑だ。午前中一杯で終わったのは行幸だ。後処理の為に黙々と手を動かす彼女は土まみれで疲労感を滲ませている。それでも満足気だった。見たかった表情を見て良かったと思う。
「楽しかったか?」
この後に食べる分の芋を取り分けながら尋ねる。
「………はいっ」
ほんの少しだけ口角を上げて彼女は肯定した。
それに嬉しくなって俺も笑う。
ドゴーンッ!!!
その空気を壊すように土埃と轟音が響いた。僅かに揺れる地面に何かが急接近していることを悟る。反射的に彼女の前に立ちはだかり音の方へ魔法を放てば悲鳴が上がった。悲鳴と共に土煙すら吹き飛ばして現れたそれは猪型の魔物だった。
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