序章ー第6話 諸事情は独り言で

「俺の作る食事は不味いのだろうか?」


俺の言葉に彼女は勢いよく首を振って否定する。

彼女の前に置いた皿。その中で残った粥は冷め切っていた。やはり貴族の口に庶民の味は合わないのかと思ったがどうもそうではないらしい。だとしたら病み上がりすぐだから食欲がないだろうか。実際、彼女は必死に咀嚼して飲み込んでいた。2回目以降の様子をじっくり観察してみる。最初こそ食べてくれる。ただ半分手前になると食べる事が出来なくなってしまうらしい。どことなく食事自体を恐れているように見える。


(味以前の問題なのか)


念の為、残された粥を口に含む。病人食特有の薄味なだけで特段、不味くはない。実際、不味いと匙を投げられることはなかった。むしろ残してしまう事を恥じているのか残す度に謝罪される。食べたい意志は感じるがどうしても食べれないと言ったところか。ふむ、と残りを胃に納めながら考える。


「君は食事自体を恐れているように見えるが過去に何かあったのか?」


そうしてこの質問に至った。彼女の実家に手紙を送ったが返送はない。俺の字が汚過ぎて(実際、見るに耐えない)読めなかったという理由なら仕方ないが。もし、そうでないのなら抗議案件だろう。俺の問いに彼女の瞳は酷く狼狽しているように見えた。


「…鍛治師様は私の瞳をどう思われますか?」


ようやく返ってきた言葉に俺は首を傾げる。全く脈略のない質問だからだ。それに対して素直に答える。


「綺麗だと…夕焼けの空を閉じ込めて虹を翳したようで宝石のようで好ましい色の瞳だと思う。それがどうした?」


個人的に赤は好きな色なのもあるので好ましい以上の感想がない。俺の言葉に心底、驚いたように彼女は目を見開いた。見開かれたそれはすぐに閉じられる。確証はないが、この子は本心を隠したい時や考え事をしている時に目を瞑る癖がある気がする。


「一部の方が、この瞳を神様と同じだと言っているのはご存知でしょうか?」


「あの与太話か」


再び開かれた瞳を俺は見つめ返す。


『赤い瞳はとくべつな色 最初の神様と同じ色 それは人に視えない世界が視えて 幸せをもたらしてくれるのよ』


何処かの誰かが語り継いできた物語の一説を口の中で唱える。過ぎた信仰など毒でしかない。


(本当に碌でもない)


神はあくまで心の拠り所だ。似た物に縋って期待に沿わなければ貶すなど馬鹿らしい。それにしても、と思う。目の前の彼女とその物語がどうも俺には結び付かない。傷付き弱り迷う姿は特別や幸せから遠く離れていた。その間、彼女は閉じた目を手で覆っている。泣くのを堪えるの仕草だと思っていたがそうでなかったとしたら…?


嫌な考えが頭をよぎる。


「毒、何かしらの薬品を盛って君の目を抉りろうとした者がいたのか?」


「…はい」


肯定の言葉に自然と顔が歪んだ。


「出された食事は毒味された物…一瞬の隙をついてすり替えられたそうです。実際に食べさせられたのは麻痺薬が入った食事でした」


「それは俺が聞いて良い話なのだろうか」


「これは私の独り言です。聞き流して下さい」


「独り言なら仕方ないか」


「えぇ。当時の私は4歳になったばかりでそう言った経験は初めて出した。手足が舌が痺れて動けないんです。理解できず、悲鳴を上げようにも声は出ない。目を開いて周りを見たら乳母や侍女達が笑っているんです。まるで素晴らしい宝を見て感動しているようでした。そして私の目を頂戴と言うんです。優しい貴女ならくれるでしょう、と」


想像するだけで不快になる話だった。酷いのはそれが過去にあった事実だという事だ。俺から視線を外し何処か他人事のように彼女は独り言を続ける。聞いて欲しいと言うよりは吐き出したいと言った口調だ。淡々とした声には温度がなく、瞳は遠くを見ている。胸糞の悪い話と語るその姿は酷く胸を掻き乱した。小さな手をそっと手を握って視線を合わせる。


(その恐怖と食事が結びついているのか)


遠回しの説明に得心した。だから彼女は身の回りの事を自力でできるのか。教えたのはおそらくラエルと呼ばれる人物なのだろう。それと同時に彼女の父親が明確に〈魔王〉と呼ばれる切っ掛けになった事件を思い出す。ある日、複数の侍女が彼の召喚獣によって見せしめとして殺された。理由は一族に対する不敬罪だった。殺すなど勿体無いと思ってしまう俺は狂っているのだろうか。殺されるよりも生きたまま身体を抉られる方が辛い。それこそ、加害者の目を抉って仕舞えば良かったのに。それを言った所で彼女が救われる訳ではないので胸の内にそれを仕舞い込む。あの世間を騒つかせた事件の詳細がこの独り言なのだ。


「話してくれてありがとう」


この独り言に俺の意見は必要ない。


「…ただの独り言です…気にしないで下さい」


俺の言葉に彼女は視線を逸らした。内容が内容なのだから気にするなというのは無理な話だ。語り疲れたのか眠そうになった彼女を寝かしつけてどうしようかと頭を回す。つまり俺がまずしなければいけないのは高難易度食育という訳だ。


(これは随分と骨が折れそうだ)


それでも俺はこの子が食事を楽しんで食べる姿を見てみたいと思う。だから喜んで骨を折ろう。


(さて、どうしようか)


自然と上がった口角をそのままに俺は部屋を後にした。

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