序章ー第2話 熱
面倒な手続き諸々などを終えて家に子どもを連れて来たまでは良かった。問題は俺自身の生活と子どもの生活感の噛み合わせが…良過ぎたことだろう。世間知らずで箱入りの純粋なお嬢様だったら傲慢で碌でもないのだろうか?
などと考えていた俺の予想は裏切られた。
繕い物以外の家事の質は高かった。炊事の手際もお嬢様だとは思えない程に手際が良い。
その上、俺の苦手な事務作業まで手伝ってくれる。基本、私生活は魔法で手抜きしていた俺には衝撃だった。手続き中に留まって欲しいと代理当主含めて大人達に説得され続けていた理由がわかる気がした。
「君はこれらを誰に学んだんだ?」
「父や周りの方々に」
詳細は教えてくれなかった。
あまり信用されていないのか、元々人と口数が少ないのかとても静かだ。ただ手紙の頻度や内容などを覗き見る限り文通は好きなのかもしれない。壊滅的に字が下手な俺とは違い、とても綺麗な字を書く。明らかに付き合いの文や仕事は短く、そうではない物はしっかり返している。ただ時々封も開かずに暖炉で燃やし二度と届かないよう申請している姿も見かけるから不思議だ。
兎にも角にも大人にとってこの子は『手が掛からない子ども』だった。
そんな子どもに俺は甘えてしまった。
似たような経験をした事がある俺は、俺だけは甘えるべきではなかったのに。その判断ミスが今の現状なのだろう。考えたくもないが…俺の甘えに気付いたこの子は「俺の甘え」を生存理由として確立してしまったのではないだろうか?
この子自身の性格や思考と俺の怠慢が噛み合ってしまったのだろう。気が付いた時には、家事や事務作業にのめり込んでしまっていた。
それが当たり前に感じてしまうほどに。
その事実に今更、気が付いて頭痛がした。
家に置いてもらっている以上、それが当然だと主張し取り憑かれたようにそれらに打ち込む。
その上、食事を自ら作るのに自分はほとんど食べない。やんわり断ったり、食べるよう勧めても貼り付けたような作り笑いと共にすり抜けられてしまう。尽くすことが当たり前だと言外に宣言され、それを受け入れてしまった。
顔色が悪く、睡眠不足か栄養失調に陥っているのだろう。うっすらと隈がある。今が瀬戸際だ。
遅かれ早かれ身体にも限界が来る。
精神的にも限界がきているのにそれを自覚していない、もしくは自覚はあるが頼り方がわからないかったのかもしれない。それを判断できないぐらいに弱っていたのだろうか?どのような理由にせよ重症だ。気付いた時点で、気になったその場で無理矢理にでも休ませれば良かったのに。
それができなかった。その結果がこれだ。
限界を迎えた。
「…さい……ごめんなさい…」
小さな声で繰り返される言葉に首を振る。
熱に魘されながら謝罪を繰り返す子の手を握る。まるで燃えていると錯覚するほどに熱く小さな手を握ると子どもと目が合う。
「悪いのは俺だ。だから謝るな」
行動に移すのが遅かった、否、遅すぎたのだ。
どうしようもない後悔が襲って来て唇を噛んだ。今、後悔したところでこの子の体調が良くなる訳ではないのだ。切り替えて今、出来る事をしなければならない。
ーーーーー
順当に行くならここに専属の専門家を呼ぶのが望ましいだろう。早速、呼ぼうとして手を止める。あの手続きの際に該当する存在は存在したか?否、いなかった。
「…君に、かかりつけの医者はいるか?」
念の為に問いかけると子どもは首を振る。
「いま、せん…いつも……らえる、か…父が…」
「ラエル?」
聞いたことない名前に思わず聞き返す。乳母か侍女なのだろうか?手続きの際、そのような名前の人物は居なかった。俺の問いかけに子どもは初めて泣きそうに顔を歪めた。
「…もう…らえるは……い、いません」
「そうか、すまない…握っても?」
今にも泣きそうな子どもを宥める為に確認した上で手を握る。その手はあまりにも小さい。
仮にも名家の跡継ぎに主治医がいないものなのか…という疑問を飲み込む。この子には本当に主治医がいないのだろう。おそらく故人のラエルという人物を除けば父親以外看病することはなかったのだ。それは何故なのだろうか。
「…我流になるが俺が君の看病をする。意に沿わない動きをするかもしれないが構わないか?」
「………は、い」
本人の許可が出た以上、今は疑問を後回しにする。こういう時に魔法は便利だ。必要な物を取りに行く必要がない。色々な物を呼び寄せて置く。
「喉は渇いているか?」
子どもは小さく頷く。何を思ったのか辛そうな顔で半身を起こそうとした。慌ててそれを止める。止めた代わりに少し大きな枕を背中と寝台の間に挟み込んだ。そんな俺に対して困惑した眼差しを向ける子どもに俺も戸惑う。
「何故、起きる?横になっていれば良い」
「でも……めいわく、でしょう……?」
思わず溜息が出た。
それと同時に少し腹が立つ。
「俺は君が本来このような状況下でどのように対応をするように教育されたか知らない」
子どもの癖に一丁前に気を遣うな。不快だ。
辛くて苦しんでいるのは君だろう?
何故、俺なんかに気を遣う。
喉元まで競り上がった言葉を呑み込む。
「少なくとも起きれない体調なら相手に甘えるべきだ。気を遣う必要はない」
俺の言葉に一瞬、子どもは酷く傷ついたような迷子のような表情をした。この表情は良く知っている。
(俺は)
息が詰まる。致命的な間違えを犯してしまった。大人びていても子どもで、弱っている時に冷たい言葉を浴びせてしまうなんて。
「…すまない、傷付けるつもりはなかった」
「だい、じょうぶ、です」
掠れた声で子どもは言うと微笑んだ。いつもの貼り付けた笑みではない。初めて見る、柔らかくて優しい表情だった。
「しかってくれるひとは、きちょうですから」
胸が抉られるような痛みと罪悪感、それと共に何か熱い思いが込み上げる。これが何かはわからない。それから目を逸らしたくて魔法で水の玉を作り出した。
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