最初のご褒美


 もぬけの殻となったリビングで佇んでいたが、ここでこうしていても仕方ないと立ち上がった。


「まあ、やる気を出してくれたのは良いことか。正直、八方塞がりだったし」


 俺は楽観的で、ポジティブ志向なのだった。


 その後、俺はお風呂に入り、残った家事をして、炊飯器の時間をセット。

 集まって話したのが、午後九時で、現在午後十一時。

 誰もリビングに戻ってこないので、消灯して自分の部屋へ。


 自室のドアを開け、スイッチを押すと、照明がついてパッと明るくなった。

 元いたマンションを引き払う際に、荷物を処分してきたので物が少ない。

 もこついた黒のカーペットに、同じく黒のシーツをかけた布団とベッド。12月の寒さに耐えるためのブラウンの毛布。

 あとはテーブル、パソコン、モニターと、生活用品が入った収納にクローゼットだけ。

 お洒落がわからない大学生が、三トリの商品でそれっぽくしたような部屋になっている。


「ご褒美、どうしよう。俺も経験はないんだよな」


 でも知識はある。ご褒美にHなことをしてくれるお姉さん、そんな創作の設定、シーンを頭の中に思い起こす。

 うん、なんとかなるだろう、と布団を被った時だった。


 ——コンコンコン。


 ノックの音が響く。誰だろう、と思って開けると、そこには仙頭さんが立っていた。


「や、夜分遅くに失礼します。こ、これ」


 仙頭さんは卒業証書を受け取るみたいに、報告書を突き出した。


 ——————

 及川さんへの報告書


 ・目標:立派な社会人になる

 ・サブ目標:大学のテストで上位を取る、複数の資格を取得、インターン、バイトで経験を積む、充実した大学生活を送る

 ・直近の目標:再試の小テストで合格する、アルバイトに応募する


 ・今回の直近の目標:再試の小テストで合格する

  取り組み方:教授の部屋を訪ねてわからないことを聞き、先輩から過去問をもらって、毎日四時間以上勉強する。


 ・結果:


 ・結果の分析:


 ・今後の取り組み方

  直近の目標的視点:

  サブ目標的視点:


 ・来週以降の各項目;

 ——————


 読むと、さっき空欄ばかりだった報告書の、今書けるところが埋められていた。


 質は正直高くない。

 だけど何度も消した後、苦悩した後があって、頑張りは伝わってくる。


「凄い、もう出来たんだ。頑張ったね」


 仙頭さんの顔にパッと光が灯る。


「は、はい!」


 嬉しそうに細めていた目は、少しして期待が宿り、伏せられた。

 その先では仙頭さんの指先がもじもじと絡んでいる。


「及川さん、その……」


 あー。そうだよな。

 頑張ったらエッチなご褒美してあげるって言っちゃったしな。


 いざするとなれば、普通に羞恥心が湧き上がってくる。

 エッチなご褒美をする、なんてキツイ男すぎないか……ダメダメ。


 羞恥心を捨て、心の中で首を横にぶんぶん振る。

 常識を追い払い、抜けた穴に創作物のお姉さんを必死で宿す。


 深呼吸。

 ゆっくりと歩き、ベッドに腰をかける。

 そして、ぽんぽん、とマットレスを叩いた。


「じゃあ、ご褒美だね。おいで、


 雰囲気のために名前を呼ぶ。

 遅れて生唾を飲み込む音が一つ。

 おずおずとベッドに腰掛けた仙頭さん……水羽の肩にそっと触れる。

 

 びくん、と跳ねた。

 

 水羽が落ち着くまで待ってから、指先で華奢な肩の線をそっとなぞると、堪えるようにぷるぷると震え出す。

 服越しにもわかる滑らかで、柔らかな、瑞々しい肌。指が滑るたびに愛しさを覚えていくけれど、俺よりも水羽の息がみるみる甘くなっていく。


「ん、ふっ、はぁ、ゃ……くすぐったい、です」


 もどかしくて仕方ないと訴えるように、潤んだ瞳を向けられる。

 俺は指をゆっくりと持ち上げ、綺麗な栗色の髪をかき分けて額を寄せた。


「……っ!?」

 

 ぎゅっと目を瞑る水羽。

 頬、耳、鎖骨。

 指でするするとなぞる度に身をよじる。


 水羽の息は少しずつ速くなっていった。

 体温だって甘い熱を帯びていくのが、ありありと分かった。


 触れるか触れないかの距離に手を置いていく。

 背骨から腰へと下ろし……水羽の甘く喘いだ口が、開きっぱなしで閉じなくなった時。


「はい。ここまで」

「え……?」


 ぽかん、とした水羽に笑みを向ける。


「この先は、また頑張ったら、ね?」


 水羽はコクコクと頷いて、顔を真っ赤にしたまま部屋から飛び出して行った。


 ドアがバタンと閉じる。


 ……はああああ。


 俺は大きく息をついた。お姉さん役は精神的にキツイ物がある。


 それに危なかった。水羽は美少女。最後、俺が我慢出来ずキスしてしまいそうになった。


 でもそれは良くないだろうな……。


 水羽の持ってきた報告書を読む。丁寧な文字に頑張りが滲んでいる。


 ご褒美の効果は覿面。

 これだけ成果が出るのなら、勿体ぶらなければならない。

 彼女らが刺激に慣れてしまい、ご褒美の効果が薄れてしまうのは避けたいのだ。


 彼女たちの成功のため、ここは我慢することがベストだな。


「今日はやりすぎたくらいだし、明日からは軽いものにして、徐々に重くしていこう」


 独り言を吐いて、首を傾げる。

 でも、拍子抜け、足りない、と不満に思われないだろうか?

 そんな不安を抱えながら、眠りに落ちて行く。


 ——この時の俺は、まだ認識が甘く、分かっていなかった。

 俺が考える軽いもの、それは彼女らにとって十分すぎるご褒美だということ。

 水羽にしたフェザータッチは、あまりにも、あまりにも刺激が強すぎたということ。

 そしてこの日をきっかけに、彼女らが重い愛情に沈んでいくということを。




——————————————————————————————————————(あとがき)

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