1-2
空が高い。単純に空気が澄んでいるとも違う。この世界は、きっと本当に空が高いんだろう。
青空と夕焼けの境目ほど。曖昧な色をした空を見上げ、パセリはそんなことを思った。
ちょうど、手の中で輝く魔石と同じ色の空は、これで真昼であるらしい。
「ご明察。この世界は大気が厚いのさ」
手元の魔石をナイフとフォークで切り分けながら、佳人が言った。
四角くふっくらとしたそれは、アンティーククッションカットと呼ばれる形らしい。宝石の光沢を生かす、クラシカルでエレガントな舌触りが良い、というのが目の前の彼の主張だ。
パセリにはどうしたって、きれいな石だなぁとしか思えないのだけれども。
「君も食べたいの?」
「いいえ、全然」
「そう。かわいい食材調達係さんだからねぇ。1口くらいあげるのもやぶさかではないのだけれど……」
「俺はこの後牛丼が待ってるんでいいです」
「安いねぇ君の味覚は。ま、あれはあれで美味ではある」
1口サイズにした曖昧な空色の欠片を、皿のソースと絡め舌へ。噛む音は無い。口に運んだのはモース硬度に換算すると10、ダイヤモンド並みの硬さの石だ。それをうっとりと咀嚼する姿は、おとぎ話のような美しさと法螺話じみた白々しさが同居していて座りが悪い。
「それで、そう。空の話だ」
ワイグラスの中でキラキラ光る天の川を飲んで、佳人、もとい、パセリの雇い主は言った。
「青空が青く見えるのは、太陽の光が大気を通過するときに、波長の短い青い光が空気中の分子や微粒子にぶつかって散乱するから。夕焼けが赤いのは、太陽の光が遠くなることで、青い光が散乱して、波長の長い赤い光が良く見えるから」
「あぁ、なんとなく聞いたことがあります。理科かなんかでやったのかな」
「手垢のついた蘊蓄さ。そりゃあどこかで聞くだろう」
「それで、この世界は大気が地球より分厚くて、太陽の光が遠いから真昼でもあんな色って事ですか」
「そう言うこと」
「でも」
パセリはきょとりと瞬きをした。
「異世界なのに地球と同じ法則が当てはまるんですか」
「仕組みと成分が同じなら、当然適用されるルールだって同じだよ。大気に含まれるものが全く違うならまだしもね。要は恒星、大気、知覚できる生命体がいれば空は空だ。光るものが太陽ではなくても、含まれている原子や微粒子が違う名前でも、同じ物質ならば夕焼けの色は夕焼け色なのさ」
「分かるような分からないような、なんだか頓知のみたいな話ですね」
「頓知が気を病むと頓痴気になる。バカらしくて良いだろう?」
「はぁ、そう言うもんですか」
なにが楽しいのか、上機嫌で星空を煽る佳人にパセリは気の抜けた相槌を返した。18年ちょっとの人生経験からは上手い返しがひねり出せなかったので。
グゥっとパセリの腹が鳴る。
佳人が食事を始めて55分。佳人の食事は1時間と決まっている。それが終わってからがパセリ食事だ。
「君、ついにタイマー機能がついたの」
「お陰さまで。刷り込みって奴ですかね」
57分、最後の1口が佳人の口内に消えていく。
58分、グラスの中の星空が、淡い桜色の唇に滑り込む。
59分、銀のカトラリーが斜め揃えで手放される。
60分。
「ご馳走様でした」
パセリに、手足の感覚が戻ってくる。
ようやく自由になった手足を、椅子に座ったまま軽く揺らした。早く厨房に行って夕食にしたいところだが、1時間感覚がなかった身で急に立ち上がると危ない。実際、パセリは何度も転倒していた
「別にいたずらなんてしませんよ。遠慮なく放し飼いにしてくれたらいいのに」
「でも、ほら、人間ちゃんが食べたら不味いものもあるしねぇ。君、いつも飢えた顔をしているから心配で」
ペットの誤飲は心配だけど、一緒にご飯を食べたい気持ちはあるので、じゃあ動けないようにしておけば安全だよね、という思考になるのが人でなしらしい。さすが。佳人は一部国と地域で邪神とされているらしい。
そんな彼にとってパセリは、ワンちゃんネコちゃんニンゲンちゃん。かわいいくて芸のできるペットである。「来世は金持ちの家の猫」が生前の夢だったので、パセリはこの扱いに概ね満足している。
佳人が手のひらをヒラリとすると、ぱっと使用済みの食器類が消えた。
「じゃあ、俺は飯に行くんで。また明日の朝に」
「うん」
ぐっと伸びをしてから立ち上がる。食器のように、自分もパッと厨房まで転送してくれればいいのに。
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この幽霊船には食にうるさい邪神がのっています。 チキン南蛮食べたい @chikinnanban
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