第42話 純也からの電話
午後7時頃、校長先生をはじめとした学校の関係者たちが我が家を訪ねて来た。
担任の先生や陸上部の顧問の先生も一緒だ。
結論から言うと、俺に下された処分は『停学1日』というものだった。
これは芦屋たち4人が怪我をしたことに関連する罰ではなく、俺が鍋田に怪我をさせたことへのペナルティだそうだ。
確かに悪いのは鍋田ではあるが、無抵抗な者へ過剰に反応したことが処分の理由だそうだ。
「ただし——」
陸上部の顧問の先生が補足説明を行うみたいだ。
「——怪我をした4人は、あくまでお前にやられたと言い張っている。『かかってこいよ』とか、『たいしたことねえなあ』とか叫ぶ、お前の声を確かに聞いたそうだ」
…………マズい。
あの時、俺は調子に乗って、必要以上に芦屋たちを煽るような言葉を吐いちまった記憶がある。
完璧だと思われた計画に
「しかし、芦屋がお前を無理やり体育倉庫に連れ込んだことは、鍋田が証言しているし、仮に、お前が男子陸上部員4名の暴力事件に関わっていたとしても、それは十分正当防衛の範囲内だと認められる。なにせアイツらは、お前以外の1年生に集団で暴力を振るった事実があるからな」
際どいところではあったが、なんとか俺にとって有利な条件で、この事件の幕引きが行われたようだ。
それから、『停学処分1日』については、今日自宅待機していた1日と相殺するとのことなので、明日からはまたいつも通り学校に行っていいことになった。
「明日から、また学校に行けるんですね。ありがとうございます!」
俺は大喜びで、先生たちに感謝の言葉を述べた。
只今の残存HPは15。
明日学校に行けなかったら、結構ヤバいことになっていたのだ。
「こんなに学校が好きな生徒がいるなんて、先生たちも嬉しいよ」
と、校長先生が言ったんだけど……
どうやら校長先生は誤解しているようだけど、俺は人の幸せを邪魔する趣味はないので、もちろん余計なことは言わなかった。
先生たちが帰ってしばらくして——
純也から電話がかかってきた。
俺のスマホは壊れているので、かかってきたのは玄関近くにある家電の方だ。
カーチャンが興味津々といった様子で俺を見ている。
「カーチャン、あっち行っててくれよ」
そう言った後、俺は受話器を耳に当てた。
開口一番、純也が、
『もう先生たちは帰ったのか?』
と、尋ねてきた。
「……なんで、先生たちが家に来たこと知ってんだよ」
『ウチの学校の理事には、九条グループのエラいサンたちが何人もいるんだよ』
恐るべし、九条グループ……
『それでカンタは、これからどうするつもりなんだよ』
「とりあえず、また明日から学校に行くけど?」
『バカ、そういうこと聞いてんじゃねえよ。誰と付き合うのか決めたのかって聞いてんだよ』
「え、純也はなんの話をしてるの?」
『お前、ホントに何もわかってねえんだな……』
純也のため息が、受話器越しに伝わってくる。
『いいかカンタ? どうやら遥香は、腹を決めたようだぞ』
「腹を決めたって、どういうこと?」
『遥香がそのうち、お前にコクるってことだよ』
「えええぇぇぇっっっーーー!!!」
「カンタ、どうかしたの!?」
「な、なんでもないんだ、カーチャン。とにかくコッチに来ないで!」
とりあえず、驚いてリビングから出てきたカーチャンは追い返して——
『……おい、電話越しにデッケエ声出すなよ。カンタのカーチャンだけでなく、俺もビックリしたじゃねえか』
「ゴメン…… でも、それって純也が突然、変なこと言うからだろ?」
『変なことなんて言ってねえよ。いいか? お前の家を訪ねた薫子を見た時、遙香は帰ろうとしただろ?』
「そうだったね。一瞬、高野さんと九条さんは仲が悪いのかなって思ったよ」
『……カンタは底抜けのバカだな。あれって、お前と薫子が付き合ってると思ったからだろうが』
「……なんでありふれた庶民の俺が、とても高貴な九条さんと付き合ってると思うんだよ」
『そうだな。もし、これが1週間前の出来事だったら、遥香はたぶん『へえ、意外な組み合わせだね』ぐらいにしか思わなかっただろうな』
「今は違うってこと?」
『ああ。遥香の中では、お前が薫子と付き合っても遜色ない男だという認識に変わったってことだ』
「そんなことってあるのかな……」
『あるさ。きっと遥香の目には、お前がスーパーウルトラカッコいい男に映ってるんだろうな、顔以外は』
「ひと言多いよ…… 別に俺だって、自分がイケメンだなんて思ってないけど」
『でも実際は、カンタと薫子は付き合っていなかった。だとしても…… どう考えても、なんの接点もないはずのカンタの家に薫子が行くなんておかしいだろ?』
「それは純也が上手く誤魔化してくれたじゃないか」
『誤魔化せてねえよ。ウヤムヤにしただけだよ』
「そうなの?」
『そうだよ! そして、その後のカンタと薫子の会話から、遥香は二人の関係性を推察し、そしてこう結論づけた。『確かに二人はまだ付き合っていない』」
「……なんだか純也は本当にサイコロジストみたいだね」
『プシコロゴだ…… って、今はそんなことどうでもいいな』
純也は英語を聞くとイタリア語に変換したいという呪い? にかかっているのだ。
『薫子と同じスタートラインに立ってるとわかった途端、遥香の目がギラついたじゃねえか』
「……俺にはよくわからなかったけど」
『基本的に、遥香は会話を回すのが上手いんだ。でも、今日の遥香はカンタにばっかり喋りかけてただろ?』
「……俺にはよくわからなかったけど」
『お前は、”よくわからなかった教”の教祖か? そんなもん、
「……俺にはよく…… いや、なんでもない」
『それに、遥香の態度を見た薫子もう焦ってたじゃねえか。たぶん、このままだとカンタを取られちまうと思ったんじゃねえか』
「えええぇぇぇっっっ!!! あ、カーチャン、出てこなくていいよ」
『……お前のカーチャンは、本当にいい人なんだな。いや、そんなことよりもだ、薫子もなんらかのアクションを起こしてくる可能性が高いぞ』
「いや、いくら純也が恋愛マイスターだと言っても、流石にそれはないんじゃないかな……」
『それを言うなら恋愛マエストロ…… いや、違う。それを言うなら、どっちが恋愛マイスターなんだよ』
「え、どういうこと?」
『お前に気のある女性を並べて、『早く告白しないとカンタを取られる』みたいな状況を作ってるじゃねえか。それって、かなりの高等テクニックだと思うぞ』
「そんなテクを身につけた覚えはないよ」
『わかってるよ。偶然が重なっただけだろうよ。でも、その偶然の引き寄せたのは、間違いなくカンタ自身なんだからな』
「……よくわからないな」
『それから、優木さんだけど…… あの子は降りたな』
「降りた?」
『ああ。カンタを独り占めするより、カンタを含めた友だち関係を大切にしたい、そう思ったんだろうな』
「なんでそう思うの?」
『カンタと行ったサイン会のこと、あれ最後まで黙ってたじゃねえか。秘密にしておけば、原作者さんからもらった5千円を使って、カンタと二人だけで出かけるチャンスもあっただろうに』
「でも、あれは優木さんの方から『友達も誘おう』って言われたんだよ?」
『じゃあどうして、もっと早く言い出さなかったんだ?』
「……どうしてだろう」
『なあ、カンタは今日、すごく楽しかっただろ?』
「うん、とっても楽しかったよ」
『優木さんも楽しそうだったよ。たぶん、友だちと好きなラノベの話をしたことなんて、今までなかったんじゃねえかな』
「確かに……」
そもそも、一番最初に優木さんが俺に話しかけてきたのも、ラノベの話をしたかったからだし。
『そういう意味では、カンタと一番性格が合ってるのは優木さんかも知れないな。でも、今日の様子を見た限り、俺は優木さんがカンタにコクることは無いと思うんだけど…… でももし、カンタが優木さんのことが一番気になるって言うんなら、カンタから告白してもいいんだぜ』
「えええぇぇぇっっっ!!! ……って、あれ? カーチャン、もう出て来ないや」
『……お前のカーチャン、きっと順応性が高いんだろうよ。それでだな、お前から優木さんにコクった場合の成功率は、そうだな…… 85パーセントといったところかな』
「残りの15パーセントは?」
『薫子、遥香との友情を大切にしたいからゴメンナサイ、っていうパターンだろうな』
ここまでの話を聞いていると、純也はよく人を見てるし、今後の展開もよく考えていると思う。
しかし、純也はそれでいいのだろうか?
「ねえ純也。もし純也の話が正しいとして、仮に俺と九条さんが付き合ったとするよ? 純也は本当にそれでいいの?」
『まあそうなると、薫子のことはカンタに任せて、俺の役割はここで終わりってことだな。前にも言ったけど、俺は薫子に恋愛感情は持ってない。大切な妹を任せる兄のような気分かな。だから俺のことは気にするんじゃねえぞ。それって、薫子にとっては不幸なことだからな』
うーん…… 本当にそうなんだろうか。
『まあ、とにかくカンタが自分で考えて決めればいいだけのことだ。でも、カンタが答えを出すのを先送りすればするほど、最終的に答えをもらえなかった女子たちは、心の傷が深くなると思うんだけどな』
一通り言いたいことを言い終わった様子の純也が電話を切る直前——
『でも最後にこれだけは言わせてもらうぞ。『俺は決断出来ない』とか情けねえこと言って、『最初にコクられた人と付き合うことになりました』みたいなダセー結末にだけはすんじゃねえぞ』
そう言って、純也は電話を切った。
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