対話形式で、ここまで誠実に「純文学とは何か」を考え続ける文章、
正直、読みながら何度も頷いてしまいました。
動機や手段、AIや同時代性といった論点を一つずつ俎上に載せながらも、
結論を急がず、断定しきらず、
「考え続けること」そのものを手放さない姿勢に、
書き手としての誠実さを感じます。
とくに、
語り得ぬもの と 語り得るもの の往復や、
fine literature が commodity literature へと受け渡されていく循環の捉え方は、
文学を愛する人ほど思わず頷いてしまう視点でした。
冗談なのか本気なのか、
その境界を曖昧にしたまま、
最後まで読者に思考を委ねるこの感じ――
なるほど、これは
とても上質な「不純文学」ですね。
……などと言ってみましたが、
かくいう私の作品も、かなり不純でおちゃらけています(笑)
テレビ番組で「芸能人格付チェック」という番組がある
1本100万円の超高級ワインと5000円のフツーのワインを飲ませてどっちが本物か当てさせるゲーム番組です
有名な芸能人が間違うのを見てみなでゲラゲラ笑うという趣味の悪い番組です
他にバイオリンの音、高級和牛の味、能の舞などいろいろなネタがあります
これを文学に当てはめると、例えば川端康成の名作とカクヨム作家の素人小説を読み比べさせて、どっちが本物か当てさせるゲームをしたら、果たして何人が正解するかという話になります
川端康成を読みこませていないAIにこのテストをやらせてみるというのも面白いかもしれない
結局、純文学か不純文学かを決めるのは「人」であるという一点に行き着く
我々の日常生活においても、他人がいいと言うからいいに決まっている、偉い先生が高く評価したからいいに決まっている、と決めつけていないか、考えさせられる逸品です