エピローグ「未来へ続く遠吠え」

 あれから、五年。彩峰の郷は、目覚ましい発展を遂げていた。陽向がもたらした新しい農作物の知識や、獣人と人間が協力し合う体制が実を結び、郷はかつてないほどの豊かさと平和を享受している。


 そして、涯狼と陽向の間には、二人の宝物が生まれていた。


「父様、見て!こんなに大きな蝶々を捕まえたよ!」


 銀色の髪に、黒い瞳。そして、ぴこぴこと動く愛らしい狼の耳と尻尾を持つ五歳の男の子、ソウマが、虫かごを片手に涯狼の元へ駆け寄ってくる。その隣では、黒髪に赤い瞳をした三歳の妹、ヒカリが、兄の真似をして一生懸命に走っていた。


「ほう、見事だな、ソウマ」


 涯狼は、すっかり父親の顔になり、ソウマをひょいと軽々と抱き上げた。その表情は、かつての鬼神と恐れられていた頃の面影はなく、ただただ深い愛情に満ちている。


「お父さん、ヒカリも!」


 ヒカリが腕を伸ばしてせがむと、涯狼は「よしよし」ともう片方の腕でヒカリも抱き上げる。たくましい両腕に二人の子供を抱え、涯狼は幸せを噛み締めていた。


 縁側では、陽向がそんな三人の姿を、微笑みながら見守っている。少し膨らんだお腹を、愛おしそうに撫でながら。そう、彼のお腹の中には、今、三番目となる新しい命が宿っていた。


「お母さん、ただいま!」


「二人とも、おかえりなさい。手を洗って、おやつにしましょうね」


 陽向が声をかけると、子供たちは元気よく返事をして、家の中へと駆け込んでいく。涯狼は、子供たちを降ろすと、陽向の隣に腰を下ろし、その肩を優しく抱き寄せた。


「…今日も、賑やかだな」


「ええ、本当に。毎日が、あっという間です」


 陽向は、涯狼の肩にこてんと頭をもたせかける。五年前、死を覚悟してこの郷に来た自分が、こんなにも幸せな未来を手にしていることが、時々、夢のように感じられた。


「陽向。俺を、見つけてくれてありがとう。俺の番になってくれて、ありがとう。そして…俺たちの子供たちを、産んでくれてありがとう」


 涯狼は、感謝の言葉を、何度でも、何度でも繰り返した。この腕の中にある幸せが、どれほど奇跡的で、尊いものかを、彼は誰よりも知っているから。


「僕の方こそ、ありがとう、涯狼さん。あなたと出会えて、僕は世界で一番幸せです」


 二人は、言葉を交わさず、ただ静かに寄り添う。子供たちの元気な声、鳥のさえずり、風が木々を揺らす音。この郷にあるすべてが、二人の愛を祝福しているようだった。


 やがて、夕暮れが訪れ、西の山に太陽が沈んでいく。涯狼は、すっと立ち上がると、郷全体を見渡せる丘の上へと向かった。そして、胸いっぱいに息を吸い込み、高らかに遠吠えを響かせる。


 それは、かつてのような苦しみや孤独の叫びではない。自分の愛する家族と、守るべき郷の仲間たちへ向けた、力強く、そして優しい、幸せの遠吠えだった。


 その声に応えるように、郷のあちこちから、獣人たちの遠吠えが返ってくる。それは、新しい時代を築いた若き当主への、信頼と敬愛の証。


 遠吠えのハーモニーが、美しい夕焼けの空に溶けていく。陽向は、子供たちの手を引きながら、涯狼の隣に立った。四つの影、そしてお腹の中の小さな影が、一つに重なる。


 呪われた狼と癒やしの花嫁の物語は、これからも続いていく。たくさんの愛と、笑顔と共に。どこまでも続く、幸せな未来へと。

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鬼神と恐れられる呪われた銀狼当主の元へ生贄として送られた僕、前世知識と癒やしの力で旦那様と郷を救ったら、めちゃくちゃ過保護に溺愛されています 藤宮かすみ @hujimiya_kasumi

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