第10話『格の違いと亜空間の洗礼』

「本気を出す、だと? 荷物持ち風情が、何を馬鹿なことを!」


 カイが、俺の言葉を鼻で笑った。ガストンもリーナも、まだフィーリアの威圧に怯えながらも、侮蔑の表情を隠そうとしない。彼らは、俺が戦闘能力皆無の非力な青年だと、未だに信じて疑っていないのだ。

 まあ、そう思うのも無理はないか。一度も見せたことないしな。

 だが、その認識は今日、ここで完全に覆されることになる。


「セレスさん、フィーリア。下がっていてください。彼らには、少しお灸を据える必要がありますから」

「アルクさん……」


 セレスさんが心配そうな顔で俺を見るが、俺は大丈夫だと目で合図する。フィーリアも、少し不満そうだったが、俺の言葉に従って後ろに下がった。


「さて、と。まずはご挨拶代わりだ」


 俺はスキルを発動させ、亜空間にアクセスする。そして、以前ダンジョンで捕獲し、時間停止状態で格納しておいた一体の魔物を選択した。


「【亜空間収納――転送】!」


 俺がそう唱えると、カイたちの目の前の地面が突如として盛り上がり、そこから巨大な岩の塊が出現した。それは徐々に人の形を成していき、やがて身長3メートルはあろうかという巨大なゴーレムとなって、その場に仁王立ちした。


「ゴ、ゴーレムだと!? なぜこんなところに!」


 カイたちが驚愕の声を上げる。無理もない。ゴーレムは通常、遺跡やダンジョンの奥深くにしか生息しない魔物だ。


「こいつは俺の『荷物』の一つでしてね。ちょっと重いですが」


 俺が軽口を叩くと、ゴーレムは命令通り、ガストンに向かってその巨大な拳を振り下ろした。


「うおおっ!?」


 ガストンは慌てて戦斧でガードするが、ゴーレムの圧倒的なパワーの前に、なすすべもなく吹き飛ばされた。ドゴォォン! という凄まじい音と共に、彼は森の木に叩きつけられ、そのまま気を失った。


「ガストン!?」


 リーナが悲鳴を上げる。


「次は、あなたの番ですよ」


 俺は、震えるリーナに視線を向けた。彼女はパーティーの回復役だ。まずは彼女を無力化するのがセオリーだろう。


「来ないで!」


 リーナは恐怖に駆られ、俺に向かって光の魔法を放った。だが、そんなものは俺には通用しない。


「【亜空間収納――吸収】」


 俺が手をかざすと、光の魔法は俺に届く直前で、まるで闇に吸い込まれるかのようにかき消えた。


「なっ……魔法が、消えた……?」


 リーナは信じられないといった表情で、自分の手を見つめている。

 俺のスキルは、物質だけでなく、魔力そのものも亜空間に吸収し、無力化できる。つまり、俺相手に魔法はほとんど意味をなさない。


「それじゃあ、お返しです。【転送――アイシクルランス】」


 俺は亜空間から、以前セレスさんが使っていた氷の魔法を『記録』し、『創造』したものを数十本取り出し、リーナの周囲に転送した。無数の氷の槍が、彼女を取り囲むように地面に突き刺さる。


「ひっ……!」


 リーナは腰を抜かし、その場にへたり込んでしまった。俺は彼女を傷つけるつもりはない。これはただの脅しだ。

 これで、残るは勇者カイ、ただ一人。


「き、貴様……いったい、何をした……。そのスキルは、ただの【収納】ではなかったのか……!」


 カイは、聖剣を構えたまま、わなわなと震えている。その顔は恐怖と混乱で歪んでいた。


「ええ、そうですよ。俺のスキルは、ただの【収納】じゃありません」


 俺はゆっくりとカイに歩み寄りながら、亜空間から一本の剣を取り出した。それは、かつてカイたちが手に入れたものの、重すぎて誰も扱えなかった伝説の魔剣だ。もちろん、これも俺がちゃっかり亜空間に収納していたものだ。


「あなたたちには、俺の力のほんの一端も見抜けなかった。それだけのことです」


 俺が魔剣を軽々と片手で構えると、カイは「ありえない」とでも言いたげに目を見開いた。


「う、うわあああああ!」


 恐怖に我を忘れたのか、カイは聖剣を振りかざし、やみくもに斬りかかってきた。その剣筋は乱れに乱れ、勇者のものとは思えないほど稚拙なものだった。

 俺はそれを冷静に見極め、魔剣で軽く受け流す。キィン! という甲高い金属音が響き、カイの聖剣には大きなひびが入った。


「なっ……俺の聖剣が……!」

「聖剣? 笑わせないでください。それはただの魔力がこもっただけの、少し頑丈な鉄の棒ですよ」


 俺は返す刀で、カイの聖剣を横薙ぎに払った。バキン! という音と共に、人類の希望と謳われた聖剣は、あっけなく真っ二つに折れた。


「あ……あ……」


 カイは、折れた剣先と俺の顔を交互に見ながら、呆然と立ち尽くす。

 彼の心も、その聖剣と共に、ぽっきりと折れてしまったようだった。

 戦闘能力皆無の荷物持ち。寄生虫。

 そう言って見下していた相手に、自分たちのパーティーが赤子の手をひねるように、いとも簡単に壊滅させられた。

 その事実が、彼のプライドを粉々に打ち砕いた。


「さて、と」


 俺は魔剣を亜空間にしまい、カイに向かって言った。


「これで、俺たちの力の差が、少しはご理解いただけましたか? 勇者様」


 俺の言葉に、カイは答えない。ただ、膝から崩れ落ち、虚ろな目で地面を見つめているだけだった。

 こうして、元仲間たちとのくだらない再会は、俺の圧倒的な勝利という形で幕を閉じた。

 だが、これで終わりにするつもりはない。彼らには、自分たちの愚かさを、もっと深く、骨の髄まで理解してもらう必要がある。

 そのための、とっておきの場所を用意してあるのだから。

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