第2話「辺境の街と、月光の輝き」
王都を後にしてから数日が過ぎた。
リアムは【真理の瞳】を駆使して道中の森で薬草や食用キノコを見つけ、それを小さな村で売ることでなんとか路銀を稼ぎながら旅を続けていた。最初は半信半疑だったスキルの力も今では絶対的な確信に変わっている。この瞳があればどこでだって生きていける。そんな自信が彼の足取りを軽くしていた。
そして彼が目指していたのは王国の東の果て、地図の端に小さく記された鉱山町「アークライト」。
かつては豊富な鉱物資源で栄えたが鉱脈が枯渇してからは寂れる一方だと聞く。なぜそんな場所を目指すのか。それは鑑定した地図にこんな情報が見えたからだ。
【地名:アークライト】
【詳細:寂れた鉱山町。主な産業は廃れ、冒険者ギルドも撤退済み】
【隠された可能性:未発見の鉱脈、才能の原石、そして『再興の種』が眠る地。大きな運命の転換点を迎える可能性を秘めている】
運命の転換点。
その言葉にリアムは強く惹かれた。自分自身の運命を変えるために、この街は何かを与えてくれるかもしれない。そんな期待を胸に彼はついにアークライトの入り口に立つ。
街の第一印象は噂通り「寂れている」の一言に尽きた。
木造の建物は古びて傾き、道行く人々の顔にも活気がない。かつての繁栄を偲ばせる立派な石畳の道もところどころが砕け、雑草が顔を覗かせていた。
「まずは宿と食事だな……」
リアムは懐にしまい込んだ、決して多くはない銅貨の感触を確かめながら一軒の古びた宿屋の扉を叩いた。
人の良さそうな初老の主人が迎えてくれ、リアムは安い部屋を一つ借りる。食事は硬いパンと塩気の強い干し肉のスープだけだったが、温かいだけありがたかった。
食事をしながらリアムは主人に街の様子を尋ねてみる。
「この街は昔はすごかったんだよ。山から採れる鉄や銅で武具作りが盛んでね。腕利きの職人もたくさんいたもんだ。だが十年前に鉱山が閉鎖されてからはこの通りさ。若いもんはみんな街を出てっちまった」
主人は寂しそうにカウンターを磨きながらつぶやく。
リアムが特に気になっていたのは街の外れに見える、巨大な岩山の麓に口を開けた廃坑のことだった。
「あの鉱山はもう何も採れないんですか?」
「ああ。ギルドの連中が何度も調査したが、もう価値のある鉱石はひとかけらも残ってないって話だ。おまけに最近はゴブリンなんかの魔物が住み着いちまってな。崩落もひどいし、危ないから誰も近寄らんよ。『呪われた山』なんて呼ぶやつもいるくらいさ」
呪われた山。その言葉にリアムの鑑定士としての血が騒いだ。
人々が価値なしと判断したものにこそ真実が眠っている可能性がある。彼はこれまでその真実を何度も見抜いてきた。
翌日、リアムは簡単な食料とランプを手にその廃坑へと向かった。
入り口には粗末な柵が立てられ「危険、立ち入り禁止」の看板が朽ちかけている。内部からはひやりとした湿った空気が流れ出し、不気味な静寂が満ちていた。
『よし、行こう』
リアムはランプに火を灯し、慎重に坑道へと足を踏み入れた。
中は蜘蛛の巣だらけで、あちこちに岩が崩れた跡がある。並の人間ならここで引き返すだろう。だがリアムには【真理の瞳】がある。
彼はスキルを発動し坑道全体に意識を集中させた。すると彼の脳内には、まるで設計図のように坑道の三次元マップが広がる。
【警告:前方五メートル、天井に亀裂。崩落の危険性・高】
【情報:右手の分岐路、三十メートル先にゴブリンの巣。個体数五】
【情報:左手の分岐路、壁面に脆い箇所あり。その奥に隠された空洞が存在する可能性】
「こっちか……!」
リアムは即座に左の道を選んだ。ゴブリンと戦うつもりはない。
彼の目的はこの鉱山に眠る「再興の種」を見つけ出すことだ。
【真理の瞳】が示す安全なルートだけを進んでいく。それはまるで答えの書かれた地図を片手に迷路を進むようだった。
一時間ほど歩いただろうか。リアムはスキルが示していた脆い壁の前にたどり着いた。
壁を軽く叩いてみると確かにそこだけ空洞音がする。
リアムは近くに落ちていたつるはしを手に取り、力任せに壁を打ち砕いた。ガラガラと音を立てて壁が崩れると、その向こうに新たな空間が広がっていた。
空洞に足を踏み入れた瞬間、リアムは息をのんだ。
そこはまるで星空を閉じ込めたかのような幻想的な空間だった。
壁一面に月光のような淡い青白い光を放つ鉱石が無数に突き出ていたのだ。その神秘的な輝きにリアムはしばし我を忘れて見入っていた。
我に返り、彼は震える手でその鉱石に触れスキルを発動する。
【名称:月光鋼(ムーンメタル)】
【等級:伝説級】
【詳細:魔力を帯びた月光が長い年月をかけて特殊な鉄鉱石に宿り生まれた奇跡の金属。極めて軽量でありながらオリハルコンに匹敵する強度を持つ。また内包する魔力により付与された魔法の効果を増幅させる特性がある】
【最適な加工法:満月の夜、聖水で清めたハンマーと金床を用い、精霊の祈りを込めて鍛え上げることでその真価を最大限に引き出すことができる】
「……伝説級、だと?」
リアムの心臓が大きく跳ねた。
伝説級の金属など王宮の宝物庫に眠る聖剣の逸話でしか聞いたことがない。それが今、目の前に壁一面に広がっている。ギルドの調査隊も誰一人として気づかなかった鉱山の真の宝。
『これだ……! これがこの街の……いや、俺の「再興の種」だ!』
歓喜が体の内側から湧き上がってきた。
リアムは坑道に響き渡るほどの声で叫びたい衝動を必死にこらえ、まずは拳ほどの大きさの月光鋼を一つ慎重に掘り出した。
ずっしりとした重みはない。羽のように軽いのに指で弾くと澄んだ高い音がする。これがオリハルコンに匹敵する金属。
リアムは月光鋼を布に丁寧に包み懐にしまった。もうゴブリンの心配など頭になかった。
彼の心はこの奇跡の金属をどう活かすか、その可能性で満ち溢れていた。
アークライトの街へ戻るリアムの足取りは来た時とは比べ物にならないほど力強かった。
彼の追放から始まった物語は今、絶望から希望へと大きく舵を切り、新たな舞台でその輝きを増そうとしていた。
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