「お前の代わりはいる」と追放された俺の【万物鑑定】は、実は世界の真実を見抜く【真理の瞳】でした。最高の仲間と辺境で理想郷を創ります
藤宮かすみ
第1話「無価値の鑑定士と、世界の真実」
「もう一度言ってくれ、ゼノン」
冷たい雨が降りしきる王都の裏路地。
リアム・アシュフォードは目の前に立つ男の言葉が信じられず、か細い声で問い返した。輝く白銀の鎧をまとった男、勇者ゼノンは心底うんざりした表情でため息をつく。
「聞こえなかったのか? お前は今日限りでパーティーをクビだ。俺たち『太陽の槍』に、お前のような地味で役立たずな鑑定士は必要ない」
ゼノンの言葉は氷の刃となってリアムの胸を突き刺した。
背後には他のパーティーメンバーである魔術師のサラと戦士のゴードンが腕を組んで立っている。彼らの目に浮かぶのは侮蔑と憐れみ。かつて苦楽を共にした仲間たちの姿はそこにはなかった。
「な、なんでだ……。俺は今までみんなのために……。アイテムの鑑定も、罠の看破も、素材の選別も全部やってきたじゃないか」
「ああ、やったな。だがそんなものは誰にでもできる。お前の代わりなんてギルドに行けばいくらでもいるんだよ」
「そうだぜ、リアム。お前がいると俺たちの取り分が一人分減るんだ。ぶっちゃけ邪魔だったんだよ」
ゴードンがガハハと下品に笑う。サラは冷ややかに目を細め、吐き捨てるように言った。
「あなたがいるだけでパーティーの格が下がるのよ。もっと華のあるサポートメンバーを入れるわ。さあ、これまでパーティーの金で買った装備は全部置いていきなさい。寄生虫だったんだからそれくらい当然でしょ?」
寄生虫。
その言葉がリアムの心を完全に砕いた。彼は抵抗する気力もなく、震える手で愛用していた鑑定用のルーペや移動速度を上げるブーツ、護身用の短剣を外していく。それらはすべて彼が鑑定した素材を元に作られ、パーティーに多大な利益をもたらした結果、経費で買ったものだったはずだ。だが今それを主張しても誰一人として聞いてはくれないだろう。
装備一式となけなしの所持金が入った革袋まで取り上げられ、リアムはぼろ布のような初期装備一枚にされた。
「じゃあな、元仲間。せいぜい野垂れ死にするなよ」
高笑いを残し、三人は雨の路地裏を去っていく。
残されたのはずぶ濡れになりながら石畳に膝をつくリアムだけだった。
『どうして……こんなことに……』
信じていた。仲間だと思っていた。
勇者ゼノンの剣が最高の輝きを放つように、サラの魔法が最大の効果を発揮するように、ゴードンの盾が最も硬くなるように、リアムは自分のスキル【万物鑑定】を駆使してきた。ダンジョンで手に入れた鉱石から最高品質の部分だけを選び出し、魔物の素材から希少な部位を見つけ、市場に溢れる偽物のポーションや呪われた武具を的確に見抜いてきた。
それはすべて戦闘を有利に進めるための、縁の下の力持ちとしての貢献だった。
だがその価値は誰にも理解されていなかった。彼らにとってリアムの働きは「地味」で「当たり前」のことでしかなかったのだ。
雨は体温だけでなく気力さえも奪っていく。無一文で行く当てもない。
このままここで本当に野垂れ死にするのかもしれない。
空腹と絶望で意識が遠のきかけたその時だった。
ふと、足元に転がっている泥に汚れた石ころが目に入った。
『鑑定……』
もう意味などない。そう思いながらも、彼はほとんど無意識に残された最後の力のようにスキルを発動した。
いつもなら脳内に『ただの石ころ』という無機質な文字列が浮かぶだけのはずだった。
だがその瞬間、リアムの世界は一変する。
【名称:魔力溜まりの石核】
【価値:銅貨一枚(通常鑑定)】
【詳細:長年、大地に満ちる微細な魔力を吸い続けた石。内部に高純度の魔力結晶の核が形成されている。適切な方法で抽出すればポーションの材料や魔術の触媒として利用可能。市場価値、金貨五十枚相当】
【隠された可能性:特定の植物の種子と共に土に埋めることで、周囲の土地を魔力に満ちた『霊地』へと変質させる核となりうる。霊地で育った作物は驚異的な薬効を持つ】
「……え?」
脳内に流れ込んできたあまりにも膨大な情報量にリアムは息をのんだ。
なんだこれは。今まで見えていた情報とは次元が違う。まるで世界の皮を一枚剥がして、その奥にある真実を覗き込んだかのようだ。
震える手で今度は道端に生えている雑草に意識を向ける。
【名称:ノラ薬草】
【価値:なし(通常鑑定)】
【詳細:どこにでも生えているありふれた雑草。薬効はほとんどない】
【隠された可能性:根に解毒作用を持つ成分を微量に含む。百本分を煎じて煮詰めれば強力な解毒剤の主成分となる。またこの草が多く自生する土地は地下に清浄な水源が存在する可能性が高い】
「……そうか」
リアムは呆然と天を仰いだ。雨粒が彼の頬を伝う。それが雨なのか涙なのか、もう彼自身にも分からなかった。
彼のスキル【万物鑑定】はただ物の名前を知るスキルではなかったのだ。
その物の本質、秘められた価値、未来の可能性、そして最適な活用法までをも見通す、まさに【真理の瞳】とでも言うべき力だった。
今まで彼は仲間を信じ、その力を全力で使うことを無意識にセーブしていたのかもしれない。
「鑑定してくれ」と言われたものだけを鑑定し、求められた情報だけを答えてきた。彼らの機嫌を損ねないように、出しゃばりすぎないように。その結果、自分のスキルのほんの上澄みしか使っていなかったのだ。
「は……はは……」
乾いた笑いが漏れた。
「そうか……無価値だったのは俺のスキルじゃない。その価値に気づけなかった……いや、気づこうともしなかったあいつらの方だったのか」
絶望の闇の底で一つの小さな、しかし確かな光が灯る。
リアムはゆっくりと立ち上がった。泥だらけのその顔には先ほどまでの絶望の色は消え、静かな決意が宿っていた。
王都にはもう未練はない。彼を無価値だと切り捨てた場所だ。
なら行こう。この【真理の瞳】を必要としてくれる場所へ。
そして自分の手で、自分の居場所を創り出すのだ。
リアムは踵を返し、雨に煙る王都の門を背に、まだ見ぬ辺境の地へと力強い一歩を踏み出した。
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