第8話
冤罪の証明 ~毒樹の果実~
その日、職員室の奥にある「生徒指導室」から、弱々しい嗚咽が漏れていた。
「……だから、やりました。僕が、やりました……」
「おう、最初からそう言えばいいんだよ。手間かけさせやがって」
密室の中にいたのは、地味で目立たない男子生徒・山田と、生活指導主任の黒岩(くろいわ)だ。
黒岩は、以前の権田よりも陰湿で、成績至上主義の男。「更生しないゴミは排除する」が信条だ。
机の上には、一本のカセットテープ。
そこには、山田の震える声で「万引きをしました」という自白が録音されていた。
◇
「……退学処分、ですか?」
井上校長が青ざめた顔で書類を見つめている。
黒岩は冷淡に頷いた。
「ええ。近所の書店から通報がありました。物的証拠はありませんが、本人の『自白』があります。先日、教育委員会の査察を乗り切ったばかりです。腐ったミカンは早めに箱から出さねば」
その理屈は、一見もっともらしかった。
だが、その場に乱入者が現れなければ、山田の人生はそこで終わっていただろう。
「――待った」
ガチャリとドアが開いた。
生徒会長の佐藤健義、応援団長の堂羅デューラ、そして理事長令嬢の桜田リベラだ。
「……なんだお前たちは。ここは関係者以外立ち入り禁止だ」
黒岩が睨む。だが、佐藤は無視して、うなだれる山田の前に立った。
「山田君。……君は、本当にやったのか?」
「う、うぅ……」
山田はガタガタと震え、視線を合わせようとしない。その頬には、殴られたような赤い跡があった。
「……ほう」
堂羅が山田の顔を覗き込み、次に黒岩を睨みつけた。
「いい跡だ。……指導という名の『暴力』で口を割らせたか?」
「黙れ不良! これは教育的指導だ!」
黒岩が机を叩く。
「自白がある以上、事実は確定だ! 明日の職員会議で退学を決定する!」
佐藤は内ポケットからタバスコを取り出し、一気に煽った。
カッ! と喉が焼け、脳が冷える。
「……黒岩先生。あなた、『憲法38条』をご存知ないようですね」
◇
佐藤の反撃が始まった。
「『何人も、自己に不利益な供述を強要されない』。……そして刑事訴訟法における『自白法則』。拷問、脅迫、不当に長く抑留された後の自白は、証拠とすることができない」
「ここは学校だ! 法律なんて関係ない!」
「いいえ、あります。あなたは彼を密室に3時間監禁し、暴力を示唆して自白を強要した。……その自白テープは、違法に収集された証拠、すなわち『毒樹(どくじゅ)の果実』だ」
佐藤の言葉が鋭いナイフのように空気を切り裂く。
「毒の木から採れた果実は、どんなに美味しそうでも(証拠価値があっても)、食べてはいけない(採用できない)。……つまり、そのテープはゴミだ」
「き、貴様……屁理屈を……!」
黒岩が反論しようとした時、リベラが優雅に手を挙げた。
「先生? 論より証拠とおっしゃるなら……『真犯人』を連れてくれば解決ですわよね?」
◇
その1時間前。
三人は役割分担(チームプレイ)を開始していた。
【堂羅のターン:捜査】
現場となった書店。堂羅は、店主のオヤジを締め上げ……てはおらず、店内の構造を鋭い眼光で観察していた。
「……万引きがあったのはこの棚か。死角が多いな」
堂羅は、店の外にたむろしていた他校(隣町の不良高校)の生徒たちに目をつけた。彼らが持っている鞄、そこから覗く雑誌の背表紙。
「……おい。いい本持ってるな。少し中身(万引きの証拠)を検めさせてもらおうか」
「あぁん? 誰だテメ……ひぃッ!?」
鬼の形相の堂羅に、不良たちは一瞬で自供した。
【リベラのターン:示談】
リベラは書店主の元を訪れていた。
「店主さん? あなた、未成年に『裏ビデオ』を販売していますわね?」
「な、何をバカな!」
「ウチの喜助(情報屋)からの報告書ですわ。……この事実が警察(早乙女蘭)に知れたら、営業停止処分は免れませんことよ?」
リベラは分厚い封筒(中身は菓子折りだが、相手には札束に見える)を置いた。
「……被害届、取り下げてくださいますわよね? ついでに、防犯カメラの設置費用、我が家が寄付しますわ(ニッコリ)」
店主は涙目で頷くしかなかった。
◇
そして現在、生徒指導室。
バンッ!
ドアが開き、堂羅が二人の不良を襟首掴んで引きずってきた。
「……ほら、先生に『感想文』を提出しろ」
ボコボコにされた(※適正な取り調べを受けた)真犯人たちは、泣きながら万引きした本を机に出した。
「す、すいませんでしたぁ! 俺たちがやりましたぁ!」
黒岩の顔色が土色に変わる。
「な……まさか……」
そこへ、リベラが書類をひらつかせた。
「書店主さんからの『被害届取り下げ書』ですわ。……そもそも事件などなかった。そうでしょう?」
外堀、内堀、そして本丸。
全てが埋められた黒岩は、力なく椅子に崩れ落ちた。
「……わたしの、指導が……間違っていたというのか……」
佐藤は、解放されて泣きじゃくる山田の肩に手を置いた。
「覚えておきたまえ、先生。『疑わしきは罰せず』。……一人の無実の人間を罰するくらいなら、十人の真犯人を逃す方がマシだ。それが、近代法の精神だ」
◇
帰り道。夕暮れの河川敷。
三人は並んで歩いていた。
「……フン。貴様の理屈(ロジック)、悪くなかったぞ」
堂羅が、照れ隠しのようにブラックコーヒーを煽る。
「あら、堂羅さんの『現場百回』の執念も、なかなかのものでしたわ」
リベラがマカロンをかじる。
「君たちの強引な手腕も、今回ばかりは役に立ったよ」
佐藤が眼鏡を直す。
今まで反目し合っていた三人が、初めて互いの「正義」を認め合った瞬間だった。
パズルのピースがハマるように、裁判官、検察官、弁護士の役割が噛み合った時の「無敵感」。
「……俺たちが組めば、この腐った学校も、少しはマシになるかもしれんな」
「ふふ、世界征服も夢じゃなくてよ?」
だが、その平和な空気は、一陣の風と共に破られた。
川の対岸。
数百台のバイクのヘッドライトが、一斉に点灯したのだ。
爆音と共に現れたのは、以前撃退した「黒蛇」よりも遥かに巨大な軍団。
『――潰せェェ!! 獄門高校を地図から消せェェ!!』
隣町のマンモス不良高校・『修羅道(しゅらどう)高校』の主力部隊が、ついに動き出したのだ。
佐藤はタバスコの空き瓶を見つめ、ニヤリと笑った。
「……やれやれ。どうやら『控訴審』の始まりのようだね」
「上等だ。最高裁まで戦ってやる」
「徹底的にやりましょう。……もちろん、勝つのは私たちよ」
最強の法曹トリオVS最強の不良軍団。
全面戦争の幕が上がる。
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