鳥かごの憧憬

@Ganonnn

鳥かごの憧憬

 鳥かごは、朝を迎えてカーテンが揺れていることに気が付いた。朝日らしき光がカーテンを透して、フローリングの一端を描いている。家の主はまだ目を覚ましていないようで人間の生活音は一つも響いておらず、ただ開け放たれた窓が冷ややかな風を招き入れるだけであった。

 それから数秒して、鳥かごは自身も開け放しになっていることに気がついた。外からの鍵は破られており、いつもそこで眠っているはずのインコの姿はなかった。鳥かごは昨夜のことを思い出し、インコがもう帰ってくることはないのだと悟った。


 昨夜、彼は大きなため息とともに言葉を啄んだ。

「つまんないなあ」

 ――どうしたの? と聞き返すと、

「このまま一生この部屋の中で過ごすのかなって思うとさ、なんだかご飯も食べる気にならなくて」

 ――そっかあ。

「おれはこの部屋の外に出て途方もない空を飛んでみたいんだ」

 ――でも、外は危険だよ。食べ物だって簡単には手に入らないし、黒い鳥とかもいる。

「まあ、そうかもね」

 その時、彼は家主が閉め忘れた窓から漏れる冷気により、わずかに揺れているカーテンを見逃さなかった。

「でもさ、その不安っておれがおれを試しているからだと思うんだ。だから、おれはおれの望みを叶えてあげたい」

 この時、鳥かごは一縷の希望を前にした彼の表情が途端に晴れたのを見逃してしまった。

 ――そういうもん?

「そう。そういうもん。誰かを思いやるのも誰かと笑いあうのも一つだけど、二度と生まれてこないおれのやりたいことを叶えてあげたいんだ」

 生涯口を空けて突っ立っている鳥かごには、ぴんと来なかったが、ただ彼が勇ましく笑っているのが心地よかった。


 朝を迎えて、鳥かごはその黄色の笑顔を振り返る。もしかしたらとっくのとうにカラスに攫われて、見るも無惨な姿になっているのかもしれない。それでも、鳥かごが知らない、まるで終わりがないと錯覚してしまうような遠い遠い白雲の、その更に向こうまで、過去も未来も何もかもを忘れて、自らの望みを目指せたのだろうか。

 ――その価値など俺には分かりようのないことだな。

 太陽を背に進む、秒針にも満たないその小さな羽ばたきを時計の掛かった白壁に描きながら、鳥かごは家主の足音を聞いた。

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