Interlude:01

 僕は小さく硬質な事務所を彷徨っていた。蛍光灯が妙に明るい。ここに来たのは他でもない、あのCDを回収するためである。僕が以前自ら曲に合わせて歌い、音源を録音したものである。誰かに聴かれることは恥でしかなかった。聴かれたら自死することも覚悟していた。

 事務所の中には誰もいない。空間は段々と広がっている気がする。無数にあるオフィスデスクを漁っても漁っても、CDは見つからない。本当にここにあるのか徐々に不安になってきた。

 気がつくと事務所は病院になっていた。ベッドに寝かされている。身動きが取れない。何やら黄色い液体が点滴で流し込まれているようだった。

 ――殺される。

 僕は何とか身体を動かそうとした。身を捩っても何の意味もなかった。ベッドはカーテンで仕切られていたが、他の患者の気配はない。

 そうこうしているうちに、中年の女の看護師がやってきた。僕を体重計に乗せると言う。僕は嫌がって暴れた。看護師は尋常ではない力で僕を押さえつけた。

「皆嫌がるのよね。こっちは助けようとしているのに」

 溜息混じりに看護師は言う。僕はその言葉に抵抗を止め、大人しくすることにした。

 そうしていると、外で救急車のサイレンがした。

「貴方はあれに乗るの。大きな病院に移動するわよ」

 そうなのか、と僕は受け入れた。

 救急車に移されると、車内はやたらと広かった。ベッドが二台収まっているようだ。もう片方のベッドはカーテンで仕切られ見えなかったが、男の老人が居るようである。

「お爺さん、豆好きでしょう? これを食べ切らないと駄目よ」

 先程の看護師の声がする。何かを食べさせているようである。

「ほら、食べて。先生も来たわよ」

 カーテンがゆらりと揺れる。もう一人来たようだった。

「最近食欲がないようですね」

 老人に話しかけている。これが『先生』の声だろうか。四十代くらいの男の声だった。老人はもう何日もこの救急車にいるらしい。

 ――早く『先生』に会いたい。

 何故かそう強く願っていた。独りが怖かったのかもしれない。

 しばらくすると、カーテンが開いた。白衣を来た眼鏡の男が立っている。『先生』らしかった。声の印象よりだいぶ若く、二十代前半と思われる。

「貴方はこれから実家に行きます。ご両親と最後のお別れをするように」

 淡々とした口調で『先生』はそう告げた。

「……最後?」

 僕の声は嗄れていた。

「貴方のご両親は貴方を手放すことを決めました。もう面倒は見ないそうです」

 僕は『先生』の言葉に目の前が真っ暗になるのを感じていた。……


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いいかいミザリー、僕の名をお聞き 四十住沓(あいずみ くつ) @Solaris_aizm

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