3話 演技じゃないって言ったら、信じる?



契約一週間目の放課後、昇降口の空気は、一週間前とまるで違っていた。



「じゃあ、また明日な」


「おつかれ」



一ノ瀬柊也の隣で靴を履き替える。


それだけの光景が、もうすっかり「当たり前」みたいに扱われている。



「マジで付き合ってんの?」


「いいなぁ……」



小さく漏れる声に、まだ顔は熱くなるけど、あの日みたいな痛みはない。



“高橋に勘違いされていた都合のいい子”から、


“一ノ瀬と一緒にいる子”へ。



肩書きひとつで、世界はこんなに簡単に塗り替わる。


昇降口を出て校門へ向かうと、前から見慣れたシルエットが近づいてきた。


高橋涼。


隣には、あの日の「新しい彼女」。



(……来た)



胸が少し強張る。


すれ違うつもりで横を通り過ぎようとした瞬間、高橋が立ち止まり、こちらを振り返った。



「なあ」



呼び止める声。


足が止まる。



「……何?」



できるだけ平坦に返す。



「一ノ瀬とさ、本気?」



いつもの軽い調子。


でも、その奥に焦りが混じってるのがわかる。


返事に詰まっていると、高橋は続けた。



「アイツ、ノリいいし、女の子庇うとか普通にやるだろ。お前さ、前も勘違いしてたし、また――」


「ねえ高橋」



横から、静かな声が遮った。


柊也だ。


高橋の肩が、わずかに強張る。



「“そういうノリ”って、どの口が言ってんの」


「は? いや、俺は別に――」


「一回も“付き合おう”って言ってないくせに、都合いい時だけ隣置いて、“彼女面すんな”って切ったのお前だろ」



さらっと暴かれて、高橋の表情が揺れた。


周りの空気が、じわっと静まる。



「勘違いさせたならごめん、って言っときゃまだマシだったのにさ。笑って押しつけた時点で、ダサいのはそっち」



淡々としてるのに、逃げ道がない。


隣の彼女が、不安そうに高橋の袖を引く。



「やめようよ……」



その一言が刺さったのか、高橋は視線を彷徨わせた。


私も黙って見てるだけなのが嫌になった。



「……もういいよ」



自分でも驚くくらい、はっきり声が出た。



「高橋くんのことは、もういい。終わったから」



彼が目を見開く。



「最初から“彼女じゃない”って思ってたなら、ちゃんと言えばよかったのに。何も言わないで、都合よく扱ってたのはそっちでしょ」



喉が震えそうになるのを噛みしめて堪える。



「だからもう、平気。あの時みたいには、泣かないから」



少しの沈黙のあと、高橋は視線を落とした。



「……悪かった」



小さく、不格好な謝罪。


でもようやく届いた「ちゃんとした言葉」だった。


その瞬間、隣で柊也が小さく息を吐く。



「じゃ、話終わり」



そう言ってから、わざと高橋の視界に入る位置に立つ。



「ついでに確認しとくけど」



柊也は私の肩を引き寄せ、そのまま顔を近づけた。



「は――」



言い終わる前に、軽く唇が触れる。


一瞬。


けれど誰の目にも、はっきり「キス」とわかる距離。


周囲の空気が「えっ」と揺れ、高橋の表情から血の気が引くのが見えた。



「……これで、“勘違いされてた子”じゃなくて、“俺の彼女”って認識でよろしく」



さらっとそう告げる声が、やけに冷静で。


私は、顔どころか耳まで一気に熱くなる。



「ちょ、ちょっと柊也……!」


「文句はあとで聞く」



高橋はしばらく固まっていたけれど、隣の彼女に腕を引かれ、ふっと視線をそらした。



「……悪かった。もう何も言わない」



それだけ残して、今度こそ本当に背中を向ける。


彼の姿が通りに紛れて消えたところで、柊也がぽつり。



「条件クリア。合格。これで高橋、完全終了。お疲れ」


「誰のテストよ……!」



ようやく声が出て、自分でも笑ってしまう。


まだ周りの視線がざわざわしているのを感じて、柊也が私の手首をとった。



「ほら、人多い。こっち」



校門脇の植え込みの陰。人の目線から外れた、小さな影へ。


さっきまでの喧騒が少し遠くなる。



「……さっきのキスは?」



思わず問い詰めると、柊也は、片眉を上げて言う。



「元カレの前で、って条件あったろ?」


「そんなの言ってない!」


「心の中で」



図星すぎて言葉に詰まる。


彼は壁にもたれて、真面目な表情に変わった。



「で。本題」


「まだ何かあるの?」


「“一週間の契約彼氏”、今日で満期」



ああ、そうだった。



「だからここで解約してもいいし――」



一拍おいて、視線を逸らさずに続ける。



「更新してもいい」


「……またその言い方」



心臓の音がうるさい。



「最初は、高橋ムカつくってだけで口出した。でも一緒にいてみたら、思ってた通り“もったいない”し、思ってた以上に、ちゃんとしてた」


「ちゃんとしてたって何」


「自分だけ傷ついても、相手の悪口あんま言わないとことか。曖昧にされたのに、最後までちゃんと向き合おうとするとことか」



ほんの少し口元を緩めて、



「そういうの込みで、好きだなって思った」



“好き”が、今度は冗談じゃない音で落ちてきた。



「だから、“契約”はここで終了。次は俺個人として、ちゃんと告白する」



柊也は私の手を取る。


さっきみたいに見せつけるためじゃなく、確かめるみたいに。



「俺と、付き合ってくれる?」



逃げ道も用意されてるのがずるいと思う。



「嫌なら、ここで“ごめんなさい”って言って。そのときはさっきのキスも、“勢いでやりました〜”って俺が笑い話にするから」



本当にそうしそうな顔で言うから、またずるい。


校舎裏で何も言えなかった自分が頭をよぎる。


あのときみたいに黙っていたら、一生引きずる。



「……嫌じゃない」



やっと絞り出すと、柊也の指先がわずかに強くなる。



「むしろ」



顔が熱いけど、もう引っ込めたくない。



「一週間で終わる方が、嫌」


「そっか」



ふっと、表情が柔らかくなった。



「じゃあ、更新決定。期間未定」


「勝手に決めないで」


「不満?」


「……ない、です」



小さく付け足すと、柊也が満足げに笑う。



「じゃ、さっきのは“本物の彼女”への前払いってことで」


「前払いって何その言い方」



ぷいっと横を向いた頬を、彼がそっと指で戻す。



「改めて」



今度は誰にも見えない角度で、さっきより少し長く、優しいキスが落ちた。


さっきの見せつけるみたいなキスとは違う、ふわっと落ちてきて、そのまま胸の奥まで染み込んでくる感じ。



「……これで、“演技じゃない”って信じる?」


「……信じる」



負けを認めるみたいに頷くと、柊也は満足そうに私の頭を撫でた。



「行こ、“本物の彼女”」



並んで校門へ向かう。


少し先の通りに、小さく高橋の背中が見えた気がした。


もう追いかけない。呼び止めない。



――最低な元カレの前で、“みんなの推し”とキスしたあの日。


そして、人目のない場所でもう一度、ちゃんとキスを選んだこの瞬間から。


私の曖昧だった恋は、「選ばれなかった子」じゃなくて、「選んで、選ばれた子」の物語に書き換わった。





――






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☆君のとなりで、恋をする(第1部全26話)

1話⬇️

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☆失恋した男友達と、ルームシェア始めました(全3話)

1話⬇️

https://kakuyomu.jp/works/822139839908040907/episodes/822139839908851775

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最低な元カレの前で、推しとキスした。 森谷るい @rui_moriya

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