最低な元カレの前で、推しとキスした。
森谷るい
1話 お前、彼女じゃないだろ?
放課後の昇降口は、思ったより人がいた。
部活に行く前の男子、帰る女子、笑い声とスニーカーの音。
空っぽになってるのは、こっちの胸の方だけだ。
「話あるから、ちょっと来て」
そう言われてついてきたのは、たったさっきのことなのに、もう遠い。
校舎の裏、ゴミ捨て場横の死角。
ドラマでしか見ないような場所で、私は三年間分くらいの羞恥を一気に浴びていた。
「ごめん。無理だわ、もう」
彼――高橋涼は、いつもみたいに軽く笑っていた。
「……無理って、何が?」
喉がひりつく。
問い返した声が、自分でも情けないくらい震えていた。
「だからさ、連絡とか。朝から“おはよう”とか、“行ってらっしゃい”とか。そういう“彼女っぽいこと”」
「……“彼女っぽい”って」
「いや、悪いとは思ってるよ? でもさ」
涼は、ポケットに手を突っ込んだまま、視線だけをこちらに落とす。
「俺、一回も“付き合おう”って言ってないよね?」
心臓が、その言葉で変な音を立てた気がした。
「待って。だって、帰り一緒で、手も繋いで、休みの日も――」
「うん。そういうのも“ノリ”っていうか。お前といると楽だし。だからつい。……期待させたなら、ごめん」
“ごめん”って、そんな薄い声で言うものだっけ。
「それにさ」
彼は、さらっと爆弾を落とした。
「新しい子とちゃんと付き合うことになったから。あんま勘違い続けられると、その子にも失礼じゃん?」
視界が、じわっと滲む。
「……私、勘違いしてたの?」
「だってそうじゃん。お前、告白もされてないのに“彼女”面してたじゃん。正直、ちょっと重いなって」
笑うな。
その顔、好きだったからやめて。
何か言い返さなきゃと思うのに、舌が貼りついて動かない。
視線を落とした先で、私のローファーが小刻みに震えていた。
「じゃ、そういうことで。今までありがと」
ありがと、じゃない。
言えないまま、彼は軽い足取りで去っていく。昇降口の方から、女の子の声が聞こえた。
「涼くん」
「ね、帰ろ?」
ああ、あの子か。
廊下で何回か見た、可愛い子。
それ以上見たくなくて、私は視線を反対側にそらした。
そこで、目が合った。
自販機の横に寄りかかって、缶コーヒーを片手にしていた男子。
学年一有名な名前。
テスト順位も、顔面偏差値も、全部ランキング入りのやつ。
――
「…………」
彼は、こっちをじっと見ていた。
興味本位の視線じゃない。
値踏みでも、冷やかしでもない。
ただ、「見てましたけど」っていう事実だけを投げつけるみたいな目。
「なに」
睨むつもりが、涙がにじんだ情けない声になる。
柊也は小さく息を吐いた。
「いや。……ああいうの、ダサいなって思って」
「……は?」
「人の気持ち使って、自分だけ綺麗な位置に立つやつ。マジでダサい」
それが高橋涼のことだと気づくまで、一拍かかった。
「別に、あんたには関係ないでしょ」
「あるよ」
即答だった。
その速さに、言葉を飲み込む。
柊也は缶をゴミ箱に放り込んで、数歩、近づいてきた。
距離が急に縮まって、心臓がさっきと違う意味でうるさい。
「だって、同じ学校だろ」
「は?」
「同じ校章つけてるやつが、あんな安いことしてんの、見ててムカつく」
それから、私の泣きそうな顔をまっすぐ見て、ひと言。
「……それに」
一拍おいて、口角だけ、少し上げた。
「黙ってるの、あんたの方がもったいない」
頭の中で、何かがカチッと音を立てた気がした。
もったいない?
今、私が?
この、振られたかどうかも曖昧な立場で、誰からもちゃんと選ばれなかった私が?
「は? 意味わかんないんだけど」
精一杯の反論は、それだけだった。
柊也は「だよな」と小さく笑って、踵を返す。
「高橋」
昇降口の方に向かって、軽く声を上げる。
振り返った元カレと、新しい彼女。
その前で、柊也はわざとらしく私の肩に腕を回した。
「次そんなことしたら、俺がダサいって言うから。……“俺の”好きな子に、あんま変なこと言うなよ」
「は!?!?」
涼の顔から、血の気が引くのが遠目にもわかった。
私も同じくらい、真っ青になっていた。
柊也はこっそり、私の耳元でささやく。
「とりあえず、泣きながら帰るのはダサいから、付き合ってあげる。続きは、明日」
そう言って、何も説明しないまま、私を昇降口の方へ引っ張っていった。
――最低な元カレの前で、“みんなの推し”と呼ばれる男に腕を引かれた午後。
この瞬間から、私の惨めな失恋は、別の物語に書き換えられ始めた。
――
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
続きがどうなるのか、少しでも気になるなと思っていただけたら、♡や☆、フォローでそっと見守ってもらえると嬉しいです。
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