第40話 資格の棚卸し、上位認定官の正体

 澄み渡る空の下、泉のほとりには柔らかな歌声が響いていた。


 水面が風に揺れ、日の光を反射してきらきらと輝く。エッタを中心に、歌劇団のメンバーが輪になり、今日も歌の練習に励んでいる。


 エルヴァナの夜が近づくにつれ、練習の熱量も増していた。みんな真剣な表情で声を合わせ、旋律を重ねていく。


 ——この土地に根付いた歌。この歌を学び、歌うことが、自分の旅の目的でもある。


 そんなことを思いながら、今日もまた、妖精族の旋律を感じ取ろうとしていた。


「はい、ここまで!」


 エッタの合図で、一斉に息を吐く。


「今日は調子がいいわね」


 彼女が満足そうに微笑んだ。


「うん、だいぶ合ってきた感じがする!」


 隣の少女が嬉しそうに羽をふるわせる。


「でも、もう少しテンポを意識したほうがいいかもしれないわ」


 エッタが的確にアドバイスをする。一息ついて水を口に含んだ。


 妖精族の歌は、単なるメロディではなく、エーテルの流れを伴って奏でるもの。どこまでこの世界の人々と同じように歌えるか——それを試されているような気がしていた。


 そんな折、遠くから小柄な人影がこちらへ歩いてくるのが見えた。


「……エレヴィーさん?」


 フェルガンギルドの受付や事務を担当している彼女の姿が目に入る。しかし、ギルドの外で、しかも一人で歩いてくるのは珍しい。


 泉までの道は、それなりに魔獣が出る危険もあるはずだ。それなのに、護衛もつけずにここまで来るとは。


「あら、エレヴィーじゃない」


 エッタが気づいて声を上げる。


「お疲れさまです、エッタさん、クウォンさん」


 エレヴィーは軽く息を整えながら微笑んだ。


「クウォンさんの資格認定の準備が整いましたので、そのご報告に参りました」


「資格認定?」


 思わず聞き返す。


「そうよ」


 エッタが頷く。


「クウォン、成人したら大樹を登るつもりなんでしょう? だったら、エルミナスのどこへ行っても仕事に困らないように、資格をちゃんと取っておいたほうがいいのよ」


「ふむ……」


 旅をする以上、どんな状況にも対応できるようにしておくのは重要だ。特に旅先で路銀を稼がなければならない状況もきっとあるだろう。


「エントリアで生活するだけなら、資格がなくても問題はないわ。でも、旅先で急に仕事を探すことになったとき、ルミナスカードに資格が記録されていれば、すぐに働き口を見つけられるの」


「なるほど……それで今日は?」


「今日の午後から、3日間かけて資格認定のスキル棚卸しと試験を行います」


 エレヴィーが説明する。


「以前ルミナスカードを発行したときにも軽く説明しましたが、エルミナスでは、ほとんどの仕事が資格に基づいて依頼されるので、事前にどんな技能を持っているか確認し、試験などを経てそれを資格として認定していきます」


「なるほど……」


「幸い、今日の午後から3日間は祭りの準備で歌の練習は休みにする予定だったの」


 エッタが微笑む。


「ちょうどいいタイミングね」


「そうですね……わかりました。エレヴィーさん、よろしくお願いします」


「ええ、まかせてください」


 こうして、フェルガンギルドでの資格認定が始まることになった。


 ◇    ◇    ◇


 フェルガンギルドの建物は、いつもと変わらず活気に満ちていた。カウンターで依頼のやり取りをするフェルガンたちの声が飛び交い、壁に貼られた掲示板には依頼書がぎっしりと並んでいる。


 エレヴィーに案内され、奥の静かな個室へと通された。木の机と椅子が並ぶ簡素な部屋だが、壁にはギルドの紋章が刻まれており、重厚な雰囲気が漂っている。


「さて、クウォンさん」


 エレヴィーが椅子に座り、手元の帳簿を開く。


「以前軽く説明はしましたが、改めて資格認定の仕組みについて説明しますね」


「お願いします」


 エレヴィーは一呼吸置いてから、説明を始めた。


「エルミナスでは、仕事をするには基本的に資格が必要です」


「資格……ですか?」


「はい。資格は1万以上存在し、各仕事に必要な技能が明確に規定されています。例えば倉庫作業では、『清掃技能5級』『一般荷物運搬4級』『基本算術技能4級』などが求められます」


「かなり細かいですね……」


「そうですね。でも、それによって適材適所でのジョブマッチングがスムーズに行われるんです。適切な資格を持つ人材が、その資格に応じた仕事を割り当てられる。だから、エルミナスでは職業選択がしやすいんです」


 なるほど、これは地球のライセンス制と似ている部分もある。資格があることで、自分のスキルを証明し、職業に直結させられる。特にフリーランスの技術職や専門職では、こうした仕組みがあると便利だろう。


「資格のレベルは5級から1級まであります。さらに、その上には『特級』というものもあります」


「特級?」


「ええ。例えば、『清掃技能1級』なら熟練者ですが、『清掃技能特級』はその道を極めた者だけが持てる称号ですね」


「なるほど……」


「ちなみに、厳密にはフェルガンは資格の名前ではなく、『魔境進入許可』と『対魔獣戦闘資格』を持つ者を指します。なので、『フェルガン資格』というものは存在しません」


「へえ、そうなんですね」


「さて、今日はクウォンさんのスキルの棚卸しを行います」


 エレヴィーが帳簿をめくる。


「通常、資格取得は学校やギルドで学びながら段階的に進めます。しかし、クウォンさんの場合はアースティアであるという特別な事情があるので、すでに持っているスキルを洗い出し、それに応じた資格を付与していく形になります」


「つまり、自分のスキルがどの資格に該当するかを判断するんですね?」


「その通りです」


 エレヴィーが微笑む。


「そして、それを認定するのが、1万以上の資格を把握し、試験を実施できる『上位認定官』です」


「……上位認定官?」


「はい。そして、私がその資格を持っています」


「えっ?」


 思わず固まる。


「つまり、私はエルミナスに存在するほぼすべての資格を把握し、認定試験を実施できる立場ということですね」


 ……マジですか。


「それって、相当なエリート資格じゃないですか?」


「ええ、エルミナスでも最難関の資格の一つですね」


 単なる受付嬢だと思っていたのに、実はこの世界でもトップクラスの資格保持者だったとは。


「エレヴィーさんもすごい人だったのですね」


「いえいえ、好きが高じてこの仕事に就いているだけですよ」


 そう謙遜しながら笑うのだった。


「では、ヒアリングを始めましょう」


 エレヴィーが微笑みながら、手元の書類を整理した。こうして、スキル棚卸しが始まった。


 ◇    ◇    ◇


「さて、クウォンさん。これからスキルの棚卸しをしていきますね」


 エレヴィーはいつもの柔らかな微笑みを浮かべながら、机の上に何枚かの書類を広げた。ヒアリングシートだろうか、細かく資格の名称や等級の欄が並んでいる。


「この棚卸しは、クウォンさんが持っているスキルを正しく評価し、エルミナスの資格制度のどの等級に該当するかを判断するためのものです。資格を得れば、どこへ行っても適切な職に就くことができますし、仕事を受ける際の信頼度も向上します」


「なるほど」


 エルミナスの社会が資格を重視する仕組みは先ほど説明を受けたばかりだが、こうして正式な棚卸しを受けるとなると、改めてその制度の重要性を感じる。


「ちなみに、今日までにジードさんやゼフィルさん、ヘレナ先生などクウォンさんと関わっている方々へのヒアリングは終えています。この場ではクウォンさん本人のお話を伺って、受験する試験と認定する資格の確認を行います」


「えっ、そんなところまで調査済みなんですか!?」


「はい、上位認定官の仕事は、その人のあらゆる才能や経験を明らかにしてキャリア形成を支援することですから。とはいえ、成人に近い方をゼロベースで調査して資格認定するのは上位認定官でもめったにないので、少々張り切ってしまいました」


 エレヴィーは胸を張ってそんなことを言う。


「それでは、まず戦闘系から確認していきましょう。現在、フェルガン見習いとして活動されていますが、どの程度の戦闘経験がありますか?」


「エントリアに来てから、ゼフィルさんたちに指導を受けながら、魔獣討伐にも何度か参加しています。あと、地球にいたときから法理術のない環境で戦闘術を独自に学んでいました」


 エレヴィーは「ふむ」と頷き、ペンを走らせる。


「それなら、『魔境進入許可(深度Lv5)』は確定ですね。これは資格というよりも個人のエーテル耐性などを考慮して判定されるので、エントリアで活動しているならば問答無用で深度Lv5です。これは魔境への進入許可としては最上級のものであり、汚染地域などの特殊なエリア以外であれば大抵のところには入ることができます」


「確かに、ここ以上に過酷な環境はそうそうなさそうですね」


「加えて、『魔境狩猟戦闘技能4級』と『法理術戦闘技能3級』は上位メンターであるゼフィルさんの認定で問題ありません。ただ、非法理術戦闘術を含む『特殊護衛戦闘技能2級』は、実技試験を行う必要があります」


「特殊護衛戦闘技能……ですか」


「はい。この資格は非法理術環境下での戦闘技能です」


「んんん?」


「法理術が使えない、または使ってはいけない状況での戦闘術です。つまるところ、法理術なしの生身の状態での戦闘術ですね。言うまでもないですが、アースティアであるクウォンさんは法理術なしの戦闘のほうが慣れているということで、リストに入れています」


「なるほど。では、この資格の認定はどうやって行うのでしょう?」


「こちらは実技試験を受けてもらいます」


「実技試験……?」


 エレヴィーは微笑んだまま、さらりと言う。


「私が試験官を務めますので、よろしくお願いしますね」


「……えっ?」


 何か聞き間違えたのかと思ったが、エレヴィーは微笑みながらペンを走らせている。まさか彼女が直接試験官を務めるとは……いや、それ以前に彼女に戦闘試験を任せて大丈夫なのか……?


「では次に、医療系の資格についてですね。診療所での手伝いやメディノーシュ(準医師)としての勉強をされているそうなので、この機に受けられるものはすべて受けてしまいましょう」


 エレヴィーが手元の資料を確認しながら頷いた。


「受験する科目についてはヘレナ先生から受け取っています。今回は『法理治療術技能4級』、『公衆衛生学3級』、『一般薬草学技能4級』、『一般調薬技能4級』を受験してもらいます」


 ヘレナ先生から成人になって旅立つまでに「メディノーシュ」の資格を取得するように言われているため、これはそのファーストステップなのだろう。


「次に、研究系と知識技能についてですね」


 ページをめくりながらエレヴィーが続ける。


「こちらもヘレナ先生から詳細は聞いています。クウォンさん、少し前にミスティコードの最適化理論の論文を出されたそうですね」


「はい。ヘレナ先生に以前お渡ししました」


「ヘレナ先生がその論文をクウォンさんの名前で第4枝にある研究機関に登録されたそうです。査読の結果、正式に登録になりましたので、それに付随して『高度研究技能2級』と『文章作成技能2級』の資格が取得済みになっています」


「そうですか……少し気恥ずかしいですが、よかったです」


 那由多との共同研究がこうして形になるのは、少し感慨深い。


「ええ。元々高度な研究活動をされているということなので、難しい学術系の資格なども取得できる可能性がありますが、これはまた試験が大掛かりになるので、今回は一部のみにしましょう」


「さて、次は実務技能ですね。クウォンさん、家事は得意ですか?」


「一通りこなせます。料理や掃除、洗濯、それに裁縫も必要な範囲なら……」


「エッタさんいわく、『クウォンの家事スキルはまるでメイド並み』だそうですよ?」


「……それは、いろいろな事情がありまして……」


「はいはい、事情ですね。ですが、確かにその技術があるなら『一般家事管理技能3級』と『一般繊維管理技能4級』、さらに『一般調理技能3級』が適用できますね」


「……まぁ、それならいいです」


「加えて、『執事・侍女技能』もリストに加えておきます。これはまぁ受かればラッキーくらいに考えておきましょう。あ、こちらは実技試験がありますので」


「……なぜ?」


「所作がどの程度洗練されているかを確認する必要がありますので」


 この時点で嫌な予感しかしない。


「さて、最後に商業や算術の知識についてですね」


「理学や数学、計算技術はある程度心得があります。それに文章作成や商業計算のスキルも」


「それなら、『商業計算技能2級』は十分認定可能ですね」


 こうして、長時間にわたるヒアリングの末、資格の取得方針が決まった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


最後までお読みいただきありがとうございます!


仕事のできるキャリア女子。そこに痺れる憧れる。

結い上げた髪に眼鏡。玲瓏な眼差し。

うん。いいね。(決して作者の嗜好ではありません)


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