本音

沙華やや子

本音

「ママ~、雲ってさ、おんなじ形がないね! いつも違う」

 小学校3年生の祥太しょうたが目を丸くして学童保育の帰り道で言う。彩夜あやはパートの帰りに毎日学童保育に祥太を迎えに行く。スーパーで品出しやレジの仕事をがんばっている。

 祥太に父はなく、彩夜に夫は居ない。それは、祥太が生まれるずっと前から……。

「そうよ、祥太。雲は二度と同じ形がないのよ」

 ドキッとした。息子のコトバ。ずっとず~っと彩夜が不思議、というか興味深く感じている事だったから。科学的な根拠なんてどうでもよく「二度と見れない雲」の……哀愁を帯びた遊戯に興味があるのだ。


 もう、手を繋いではくれない祥太。(3年生の男の子だもんね!)なんだかさみしい。

 家に呼んだことはないが、彩夜には恋人がいる。実は家庭のある男性だから滅多に逢えない。


 子どもの頃から彩夜は夢想家だった。あの雲は、アイスクリーム。あの雲は大きな蛸……で、あの雲は綿菓子でしょ~、そして隣は男女の口づけ。そんなふう胸に描きワクワクしていた。

 万華鏡を回せば半日も覗き込んでいる。シャボン玉をやり始めれば、液体がやがてなくなり、キッチンへ行きシャボン玉液を作ってはシャボン玉を吹き続けた。

 丸く大きく出来上がった球は嬉しいが、重みがあり、フワフワ飛んでくれない。小さなシャボンの赤ちゃん達はぐんぐんお空へ飛び立ってゆく。


 祥太は……万華鏡を覗いたこともなければ、シャボン玉は? ……ああ、シャボン玉は保育所でやったかも? 小学校の低学年でやったかも? 分からない。


 彩夜は「あの時こうしておけば良かった」と思う事がこれまでの人生一度もない。と言ったら、幸せだったのかと思われそうだが、逆だ。幸せは雲よりうんと上だ、未だに。

 ただ……「後悔」がない。

 雲が二度とその姿を見せないのと一緒で、なにか……宇宙なんかよりおっきなもののことわりを感じている。それに、不幸を嘆いたところで何も戻って来やしないじゃないか、後悔なんてすればするほどミジメだわ。

 そんな彩夜だって仕事をしているし「失敗すれば反省」をし、次に生かしてはいるのだよ。


 祥太はパイロットになりたいのだ。彼なら恐らくなれるだろう。誰に似たのか群を抜く頭の良さ、呑み込みの早さ、人を驚かせるほどの記憶力、そして努力家だ。


 それがすごくいや。本当は嫌なんだ、彩夜は。

(そんな危険な仕事……落ちたらどうすんのよ)口に出さないけれど、苦しんでいる。

 子離れが彩夜の目下の課題。


 母子ははこはいつか別々の道をゆく。

 空を自由に駆け巡りたい……祥太は夢に溢れている。応援したい。

 あたしもあたしの操縦士。ハートを、あたしが見る空を、明るい色で満たしたい。

 それが、悲しいほどの本音。

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本音 沙華やや子 @shaka_yayako

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